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第102話

「おかえり」 中にいたロイさんと目が合う。 いつもならボードを片付けたくらいで態々おかえりなんて言ったりしない。 ここから外は見えない筈だが、もしかしたらなにか察しているのかもしれない。 「ただいま戻りました」 ヘラりと笑うとため息だけが返ってきた。 なにか間違っただろうか? 伺うように見つめるとなんでもないとでもいうように首を横に振られる。 「もう少しで終わるから着替えてて」 「はい」 特に教える気はないらしい。ならば聞き出そうとしても無駄だろう。ロイさんに言われた通り着替えをする為、アツシは大人しくその場を後にした。 * * * * * 「今日もお疲れ様」 「はい、お疲れ様でした」 夕飯は外で一緒に済ませてきた。 夜のお店を営む従業員側の為に朝方まで開けているお店も意外に多いことを知ったのはこの仕事を始めてからだ。夜ロイさんが呼ぶ時にはよくここへと寄ることが多かった。 今はロイさんのマンションで彼の入れてくれた紅茶を飲みながら一息ついている所だった。 ほんのりと甘みを感じるお茶が胃の中に落ちていく。 いつもならほっとする筈なのに、なんだが今日はふわふわと落ち着かなかった。 恋人という肩書きが加わったから緊張でもしているのだろうか。 ちらり、ロイさんを見れば飲み終わったカップをローテーブルへと戻す所だった。 「終わったならカップちょうだい」 「あ、はい……」 やることが無くなるともちろん次の行動を考える。 あとはシャワーを浴びたいところだけれど――もしかして、するのかな。 つい、うっかり「さらに先」のことまで考えてしまい1人で赤くなった。 最近は無理やりするようなこともないので、もしするならばオメガとはいえ多少準備が必要だろう。 そんな知識もほとんど無かったのだが、これだけ色々あれば流石に見当がつく。 でも準備なんてしたら何だか期待してるみたいだ。 なんて悶々と考えているといつの間にかカップを下げて戻ってきたらしいロイさんに腕を引かれた。 「ねえ一緒に入ろう」 「え?!」 まるで心の中を覗かれたような心地になって慌ててしまったが、そもそも寝る前にシャワーを浴びるのは普通のことだ。 別に変な事じゃない、と自分に言い聞かせていると返事を返さないアツシを自分に思ったロイさんが顔を覗き込む。 「嫌?」 嫌じゃない!嫌じゃないけれど一緒にお風呂なんて入ったことがない。 恥ずかしいというか緊張する。 「君も入ると思ったから予約でもうお湯入れてあるし」 いつの間に……。 しかし入りたかったのは事実なので断る理由もない。 ロイさんだって早く休みたいだろう。 「じゃあ……入り、ます」 肯定の返事を返すと手を引かれ、そのまま脱衣場へと連れていかれる。浴室が湯気で覆われているのが扉越しに見えた。もうそれだけで疲れが無くなる気がするのだから、自分が思っている以上にアツシは疲れていたらしい。 疲れは癒したいところだが、なんだか緊張する。 タイガやユキオ達と銭湯に行ったことだってあるので人とお風呂へ入るのが恥ずかしいなんて思ったことはなかった。 なのにこの人の前だと思うと物凄く恥ずかしい。 どうしようかとアツシがたじろいでいると、隣にいたロイさんはなんの躊躇もなくバサリと上を脱いだ。 滑らかな肌を惜しげも無くさらけ出されてアツシは真っ赤になりながらもつい目が離せなくなってしまった。 思わず凝視する姿を見てくすくすと笑われる。 「なんで緊張してるの。今までも……あぁ、そっか。君気絶してたもんね」 そうなのだ。お風呂に入れてもらった痕跡があったり綺麗にしてもらったことはあるが、いずれもアツシは覚えていなかった。つまり感覚的には初めて一緒に入るお風呂なのである。 そりゃあ緊張だってするだろう。 「まぁいいじゃない。君だって早く寝たいでしょ」 「そ……ですけど!」 「はいはい脱いでー」 心の準備が!と騒ぐアツシを宥めながらシャツを脱がしにかかった。 結局そのままあれよあれよという間に全部脱がされてしまい、浴室へと移動してきてしまう。 ロイさんが頭を洗う間にアツシが身体を、終わったあとはその逆にと順番に洗う。淡々とこなしているように見えて 、その実アツシの脳内はちょっとしたパニック状態だった。 極力ロイさんの方を見ないようにと、後ろを向いてはみたがどうあっても艶めかしい肌が目に入る。 ちらりと視線を向ければアツシの耳元と同じ色の石が腹部で光っていた。 ――ううぅ……!! 堪らない気持ちになって慌てて頭から湯を被る。明らかに変な行動だったと思うがアツシは必死だった。 だってこんなに間近で全部脱ぐなんてこと今まで1度もなかったのだ。 不本意ながら、多少なりとも見せるのには耐久がついてきたが見るのは何だか恥ずかしい。 さっきから耳の後ろで心臓の音が聞こえっぱなしだ。 さっさと温まって上がろう。 いそいそと湯に浸かったはいいものの、何だかいたたまれない。パシャリとお湯が跳ねる音にも緊張してもう既にのぼせそうだった。 またちらりとロイさんを見やるとくすくすと笑われる。 「ねえなんでそんな端っこに居るの」 「だ、だって……」 「そんなに緊張しないでよ。今日はしないから……多分」 「た、多分って……」 「あんまり可愛い反応ばっかりするから誘ってるのかと思って」 「ち……違います……!」 ゆらゆらと揺れるお湯と肌の色が相まってクラクラする。 俺ってこんな変態じみていたんだったけ。 新たな自分の一面を自覚しながらも、何とかアツシは初のお風呂を乗り切ったのだった。

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