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8 慎吾の災難
煙草の件から数日後。
慎吾は参考書を買うために電車に乗っていた。近所にも本屋はあるが品揃えのいい隣町の本屋まで遠征する。
大抵、出かけるときは亮介が一緒なのだが用事があるという。気をつけてね、と言われ何に気をつけるんだよと心の中で毒づいた。
ホームへ電車が滑り込んできて、乗りこんだ。水曜日の夕方はノー残業デーの会社が多いのかいつもより人が多い。
ドアの付近で立ち場所を確保し、携帯の音楽をイヤホンで聴く。ドアの向こうに広がる夕日と川をボンヤリと見ていた。
(参考書の他に、新しい小説でも買おうかな…)
何か話題の本はないかな、と携帯で検索しようとしたとき。
不意に尻に何かが当たっていることに気づく。
混雑した車内だから、カバンでも当たっているのかもしれないと思っていたが、次第に明らかに誰かが尻を手で触れていることに気づく。
(痴漢?!)
慎吾は追わず下を向く。
じつはこれが初めてではない。「可愛い」慎吾は痴漢も呼んでしまうらしく、すでにこれで3度目だ。
だいたい男の尻なんか触って何が楽しいんだよ…と思いながらも何もできない。
痴漢に狙われることを周りに知られるのが恥ずかしいのだ。
慎吾が抵抗しないのをいいことに、痴漢は調子に乗ってさらに触ってくる。
(しつこいなあ…)
少し位置をずらしたりするがそれでも執拗に触れてくる。挙げ句の果てには前も片手で触れてきた。
(…っ)
流石に前は勘弁して欲しいと、慎吾は目を閉じた。
それでも手は容赦なく弄ってくる。
イヤホンから聴こえているはずの音楽はもう全く聴こえない。
(やばい、どうにか切り抜けないと…)
「おい」
突然肩を叩かれて慎吾が驚き、声の方を振り向いた。
斜め後ろに片山がいた。
「…か、片山」
赤くなってしまっているだろう顔を見られるのが嫌ですぐ顔を背けた。
「偶然だな、どこまで行くんだ?」
混雑した中でも話かけてくる片山に勘弁してよ、と思いながら答える。そうこうしているうちに気がつくと痴漢の手が離れていた。片山が話しかけてきたから、どうやら行為を断念したようだ。
(助かった…)
目的地の駅に到着したときは、片山も一緒に下車する。
火照っていた身体に外の風が心地いい。
「大丈夫か?」
ホームに立った時、片山にそう言われた。
慎吾が痴漢にあっていたことを、片山は気づいていたのだ。
「…今回が初めてじゃねーし。まあ、気持ち悪いけどさ。もしかして助けてくれたの」
「様子が変だったからさ。よほど手ェ掴んでつまみ出してやろうかと思ったんだけど。お前が嫌かなって」
「…サンキュ」
慎吾は礼を言う。そして改札に移動しようとした時。
「じゃ俺、次の電車乗るから、ここで」
そのままホームに留まろうとした片山にギョッとした。
「…次って、お前ここで降りる予定じゃなかったのか?」
「うん」
「じゃなんで降りたんだよ」
「え、一人じゃ嫌かなって思ってつい」
「はあ?」
思わず慎吾は笑った。なんだか、暖かい気持ちになる。
「俺さ、お前の名前聞いてねぇんだけど」
マイペースな片山の口調に、思わず慎吾が笑う。
「2-C、里山慎吾だよ」
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