一瞬にして全身に広がる鳥肌。反射的に口内に分泌された多量の唾液が、そのどろっとした甘醤油と混ざり合って意図せずさらさらの液状になり、まるで流れるように喉を通り落ちて行った。 瞬間体が拒否反応を起こす。胃のあたりに痙攣にも似た震えを感じそれと同時に強烈なムカつきを覚えて、しまいには口内に残った甘みに咽せ込む。 目に涙を浮かべる。煎餅のかけらはまだ口内に残ったままだ、飲み込みきらなかった液体も舌の上に溜まったままで、慌ててティッシュを何枚か手に取って、そこへ吐き出した。甘味に汚染された唾液も共に吐き出して、濯ぐように淹れたばかりの珈琲を煽る。熱い、ちょっと火傷した。 珈琲の強い風味によって上書きされ、ようやく消えた"魅惑の煎餅味"に、もはや一命を取り留めた気分だった。 火傷してヒリヒリする舌なんか気にならないくらい、最悪な気分だ。 せんべいなのに甘いって頭おかしいのか？！っていうか、こんなやばい物を差し入れするなんて、悪意しかない。いったいどこの誰が……！！！ 「あれ会長。戻ってらしたんですね…って、何をそんな変顔をして……」 「へんが……おい。これ誰からの贈り物だ？」 扉が開き、そこから入って来たのは北条だった。 俺の姿を見止めるなり怪訝そうに顔を歪める北条に、構わずに食べかけの煎餅を突き出す。割れた部分から見える黒い液体は少し袋の中に溢れていて、とろみがついているのは見るに明らかだった。 「ああ、それ。君の親衛隊長くんから、生徒会の皆様に。って。おいしいよね、有名なお店らしいよ」 僕も2つもらっちゃった。そう言いながら俺の机に近寄って来たかと思うと、更にもう一つ取っていく北条。 そんな事も気にならない。握った拳がぷるぷると震える。犯人はやっぱりあいつか！ 「あれ、お口に合わなかった？」 「ああ。まっっったくな」 「せっかくの差し入れに酷い言いようだね。君の親衛隊長になる人は本当大変だね」 呆れたように、さも俺が悪いかのように北条はそう言うけれど、よく考えてもみてほしい。 俺の親衛隊長なら好みくらいわかってるはずだしなんなら直接俺に渡すだろ。それをわざわざ俺のいないときに、嫌いな味を的確に狙って差し入れに来るあたり、本当姑息で性格の悪いサイコ野郎だと思う。 しかも周りの人間にはその本性がばれないよういい顔を振りまくのだから性質が悪い。あいつからの差し入れだと知っていれば絶対口になんてしなかったのに！ そんな風に一人憤る俺の様子に北条は呆れ混じりに嘆息をして、そういえば。と例の魅惑の御煎餅を齧りながら話を始めた。