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08
槙村くらいカッコイイと、彼女がいてもおかしくはない。
「ここ?」
「そ」
その彼女に路上でカットモデルのスカウトをされたのが彼女との馴れ初めらしく、店頭には槙村の写真が何枚か飾ってあった。
彼女は二つ年上の19歳で、彼女の方から告白されて付き合い始めたとか羨ましすぎる。
「一応、俺の名前で予約入れたから直ぐカットしてくれると思う」
「マジで? 助かる」
槙村と二人、注目を浴びまくっていたから、待ち時間無しに切って貰えるのはとても有り難かった。どうやらさっきスマホでなんかやってたのは彼女と連絡を取っていたようで、
「あ、絢人 君。いらっしゃい」
「彩夏 いる?」
「ちょっと待ってね。彩夏ー、彼氏君来たよー」
受付は、ほぼ顔パスで店内に通された。
「いらっしゃい。君が羽柴君ね」
槙村の彼女の彩夏さんは長身で黒髪のショートカットがよく似合う綺麗な人で、
(きょ、きょにゅー!!)
大きく胸元が開いたシャツに思わず目を反らす。彩夏さんは美容師であることが勿体ないくらいの美人で、まるでモデルのような人だった。
「へー、制服かあ。なんか新鮮だなあ」
久しぶりに間近で感じる女性の甘い香りに目眩がしそうだ。槙村のやつ、つくづく羨ましすぎる。彩夏さん、はっきり言ってめちゃ俺のタイプだし。
「それにしても、よく今まで我慢したわね。これ、邪魔じゃなかった?」
「あ、はい。少し前まで忙しかったから髪を切る暇がなくて」
俺に向かって伸びて来た手の指が俺の前髪をそっと横分けしたその時、何故かぴたりと動きが止まった。
「……」
「あの、彩夏さん。どうし……」
「羽柴君! 君、カットモデルとか興味ない?!」
「へ、は?」
眼鏡を取るわねと彩夏さんが言った瞬間、視界が霧に沈んだ。俺の目はかなり強い近視で、眼鏡がないと顔から20センチ以上の物はよく見えない。返事をしないまま彩夏さんに手を取られ、リクライニング式の椅子に座らされた。
「どんな髪型にしたいとか希望はある?」
「あ、えと、お任せで。あ。ただ、髪を染めるのとかパーマはちょっと……」
「オッケー、任せて」
その瞬間、彩夏さんの顔付きが変わった。……ような気がした。きっとプロの美容師の顔をしている。眼鏡がないから、よく分からないけど。
真正面の鏡に映る俺の姿も、かろうじて椅子に人が座っていると認識出来るくらいだ。
彩夏さんの顔が近くて、思わず目をつむった。
ドキドキし過ぎて胸がどうにかなりそうだとか、我ながら童貞臭くて嫌になる。
初等部から男子校の俺は、実は初恋もまだだったりする。かと言って目の前の彩夏さんが初恋ってわけじゃないけど、無条件に女性を意識してしまう。
彩夏さんは槙村の彼女なのに。どうやら槙村も髪をセットして貰っているようで、待合室にそれらしき人影は見えなかった。
後で槙村から聞いた話だけど、俺は周りの女性客から注目を浴びまくっていたらしい。なんせボサボサで伸び放題のマリモみたいな髪型だったし、彩夏さんの手によってビフォー&アフターの大きなギャップが生まれたからだろう。
ドキドキしながら髪を2時間程弄られ、ドライヤーの熱にウトウトしかけたその時、
「羽柴君、お疲れ様」
肩をポンと叩かれた。
「~~~~」
目を細めて鏡を見るも、椅子に座ったままだと自分の顔もよく見えない。
「眼鏡掛ける?」
「あ、いえ」
仕方なく椅子から立ち上がって鏡に顔を近付けると、
「……誰これ」
鏡の中に見知らぬ男がいた。
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