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 ゆっくりと解けて行く視界の中に見えたものは真っ白な世界。白い天井に俺の周りを取り囲む白いカーテン。  どうやらまた保健室か病室のベッドで寝ているようだ。 「…………」  まだぼんやりとした意識の中、俺は必死に記憶の糸を手繰った。 「ああ、そっか球技大会」  どうやら意識を失うのが癖になってしまったらしく、こうしてそれまでいた場所以外で目覚めるのは三度目だ。今までは軽い過労や寝不足が原因だったが、今回は顔面でボールを受けてしまったのが悪かったらしい。  それにしてもコンタクトにして良かったと眼鏡の無事を喜んでいたその時、 「そうだ! 試合中……っっ!」  慌てて目を開けると鷹司のドアップが目の前にあって、俺は思わず声を失った。 「なっ、なっ!!」  いったい何が起きたのか理解出来ない。いや、記憶をなくす直前の状況と今の状態を考えると、倒れた俺を鷹司が保健室に運んでくれたと考えるのが妥当だが、今までの鷹司の態度を考えるとにわかに信じ難い。 「――――!!」  おまけに右手を握られていて、起き上がろうと試みるも身動きが取れなかった。決して小さくはない俺の手より一回りは大きい鷹司の手に。  そのあまりの熱さに言葉を失う。もしかして熱でもあるんじゃないかという思いは杞憂に終わった。耳を澄ませば、鷹司の穏やかな寝息が聞こえて来たからだ。 「…………」  いつかのようにドキドキと(うるさ)い胸の鼓動。不意に思ったより睫毛が長いことに気が付いた。そう言えば今はイケメン系の美形の鷹司だが、初等部の低学年頃は確か、美少女に見間違えるような可愛い美少年だったはずだ。  その頃から椿野は今のように王子様で、二人が並ぶとまるで王子様とお姫様のように見えたっけ。 「それがどうしたらこうなるかな……」  今ではお姫様の片鱗も見当たらないその顔をしげしげと見詰める。当時からS組だった鷹司と俺は直接的な面識はなく、生徒会長の鷹司を遠くから眺めるだけか、たまにどこかで見掛けるだけだった。  それだけに鷹司が俺の目の前にいるのが不思議でしょうがなくて、思わず鷹司に手を伸ばす。 「……?」  その時、鷹司が反対の手に何かを握っているのに気が付いた。 「……これ」  それを目にして目を見張る。 「生徒会室の机の上に置いてたテディベア……」  しかも珈琲を零して汚れていたはずなのに、すっかり綺麗になっている。もしかして洗ってくれたんだろうか。珈琲のシミは落としづらいから、もしかしたらクリーニングに出してくれたのかも知れない。 「……鷹司」  それにしても、なんで鷹司がこれを持っているんだろう。しかも肌身離さず。確かにテディベアと言っても携帯のストラップとして使えるくらいの小さなもので、常に持っていても邪魔にはならないだろうけど。  これを机の上に置いていたのは二度目に倒れた時のことで、確か、二度とも橘が保健室に運んでくれたはずだ。 「………っっ」  その時、鷹司が急にぱちりと目を覚ました。慌てて起き上がろうと試みるも、鷹司の頬に伸ばした手も取られ、それは叶わなかったのだった。

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