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14 要side (書記)

 間違えた。夢の中と同じだったから、思わず羽柴にキスしてしまった。 「……チッ」  羽柴のことを看病していたからか、起きる直前まで見ていた夢の中に羽柴が出て来たのだ。夢の内容は覚えてないが、条件反射で目の前にあった唇に唇を寄せてしまう。  まずは柔らかな頬に触れ、それから微かに触れた唇は、それまでの激しい運動のせいか水分が殆どなくかさついていた。 「……あ」  保健室を出たところで、手に握っていたテディベアがなくなっていることに気が付いた。もともと羽柴に返すつもりではいたが、もしかして保健室に置いて来てしまったんだろうか。 『悪かったな』  ついでに今までのことを謝るつもりでいたが、寝ぼけてキスをしたことを謝ったような状況になってしまった。  これまでにも、二度も倒れている羽柴。今回とは全く状況は違ったが、二度とも倒れたことを知りながら、羽柴のそばにはいられなかった。二度目は橘に生徒会室の鍵を空けては貰ったが、俺が羽柴を抱えて保健室まで運んだのに。  その時は羽柴に掛ける言葉が見付からず、羽柴が目覚める前に、橘に託して保健室を後にしたのだ。 「……やっちまった」  球技大会の途中で倒れた。今回は頭にボールが当たったのが原因だったが、試合中にも関わらず、今度は迷わず羽柴を抱えて保健室に駆け込んだ。  試合のことが気にならないでもないが、橘や補欠のメンバーに任せて問題ないだろう。羽柴が倒れた瞬間は、決勝戦の最中だということも頭になかった。  ずっとこれまでのことを謝りたかったが、ヘンに高いプライドが邪魔をして謝れないでいた。期せずして二人切りになったこの機会に、ちゃんと謝るつもりでいたのにそうそう上手くは行かないらしい。 「鷹司!」  どうやら球技大会は終わったようで、試合会場に戻っている途中で橘に出くわした。 「羽柴の具合どう?」  そう聞かれて、思わず橘から視線を逸らす。 「ただの脳震盪(のうしんとう)だとさ。怪我もたいしたことないしな。目が覚めたから上条に任せて来た。それより試合の方は?」 「ああ。西園寺と五十嵐が代わってくれたよ。残念ながら、試合には負けたけど」  試合結果は気にするなと言いながら、保健室に向かう橘の背中を目で追った。  思わず握りしめてしまっていたテディベア。その反対側の手にも感じた温もりもなくなったことに気を取られた俺は、おそらくファーストキスもまだだろう羽柴にキスしてしまったことを忘れてしまっていたのだった。

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