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6月 和樹、来訪者を待つ

 ビオトープって言われて、ピンとくる人は少ないんじゃないかな。かく言う俺もそうだった。  俺は今、校舎裏のさらに奥にある、木が生い茂ったエリアにいる。その中にある人工のため池のようなもの。これがビオトープだ。  これは去年生物の授業で使ったもので、毎年引き継がれているようだ。  ただ皆、生物担当の宮川が嫌いだったから、ビオトープなんぞ忘れてるんじゃないかな。  でも俺はこの場所が好きだ。たまに見るカエルは可愛いし、小さいころ田舎のじいちゃん家で遊んだ光景が浮かぶからだ。  ため池の水はすっかり濁ってしまったが、今年も使うのだろうか。むっちゃん達よ、お掃除頑張ってくれたまえ。 「そうだそうだ。掃除係は皆やりたがらないんだよな」  ビオトープにたまった汚れを、週三くらいで掃除しなければならないのだが、これは当番制になっている。  池は浅くて長靴を履けば大丈夫とは言っても、あの汚れた水に足を入れるのは、やっぱり嫌だもんな。  だから当番制とは言え、裏でこっそり押しつけ合いがあり、決まって俺ともうひとりが掃除をした。  俺は別に嫌じゃなかったけど、もうひとりは明らかに不服そうな顔をしていたな。  もう一年も前の話だ。 「……カナタか」  そう、そのもうひとりというのが、今からここで会う人物である。  正直彼には会いたくない。と言うより、どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。 「あ、雨か……」  木に覆われたこの場所にいても、次第に雨足が強くなっているとわかった。 「やべーどうしよう……って、何でうちわ持ってるんだ俺?」  そういえば、むっちゃんと話してからそのままこっちに来た。その勢いで持ってきてしまったのだろう。 「まーいっか」  俺はそのうちわを頭に乗せ、少しでも雨をガードした。 「何、変なかっこーしてるの?」  聞き覚えがあるその声に、俺は視線を上げた。  雨のせいか目の下までフードを被っていて顔は見えなかったが、俺はその人を蔑むような声でそいつだとわかった。 「遅いじゃんカナタ。俺、風邪引いちゃいそうだよ」

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