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6月 和樹からの伝言

 和樹がいるテントが見えてきた。雨足はさらに強くなり、そろそろ傘が必要なくらいだ。千葉はビニール袋に入れたカレーを濡らさないように抱え、テントへ向かう足を早めた。頭痛は一向に治まる気配を見せないし、忘れかけていた足の痛みもジワジワと千葉を苦しめた。 「……ちっ」  身体の不調も、大和に言われた言葉も、姿を見せない同室者も、何もかもが千葉を苛立たせる。  思うように進まない足を無理矢理動かして、テントまでの道を駆けた。 「瀬川!」  千葉がテントに着いたとき、和樹の姿はなく、代わりに後輩の睦月がいた。  突然現れた千葉に睦月は驚いたが、キリッと表情を改め言った。 「和樹さんはここにいません。おそらく、人に会いに行っています」 「人に?」 「さっき和樹さんの中学時代の同級生だという男が来て、僕に伝言を残したんです。それを聞いて、和樹さんここを飛び出して行ってしまいました」  また何かやらかしたのかと、千葉は思わずため息を吐いた。  ここまで全力で走ってきた千葉の努力は水の泡になった。しかし次の睦月の言葉で、千葉はまた眉をひそめることになる。 「和樹さん、辛そうな顔をしていました」 「……どういう意味だ? 詳しく話せ」  和樹と過ごすようになってしばらく経つが、アイツのそんな顔は見たことがない。  千葉が睦月に詰め寄ると、彼は多少ためらいを見せたが、意を決して話し出した。 「同級生だという人の伝言はこうです。『ビオトープで待っている。カナタと言えばわかる』と言って、その人は帰りました」 「カナタ……?」 「整った顔立ちでパーカーを羽織っていました。もちろん僕は知らない人だし、彼は他校生だと思います」  千葉はカナタという名前に僅かに引っかかりを覚えたが、それが意図するものはわからなかった。 「僕は彼の伝言をそのまま和樹さんに伝えました。そうしたら和樹さんが走り出して……多分ビオトープに向かったと思います」 「それはどこにある?」 「校舎裏です! 木がたくさん生い茂った場所の奥にあります!」 「わかった」  千葉は睦月にカレーを預け、和樹の元へ向かおうとした。  なぜ自分がここまで、アイツのために動かなければいけないのかはわからない。ただ、このまま黙って帰りを待つことはできなかった。  しかしテントを出ようとする千葉を、睦月が呼び止めた。 「陽平さん!」 「……後にしろ」 「今聞いてください! 和樹さんが――」  千葉が振り返ると、いつになく真剣な瞳をした睦月が、こちらを見つめていた。 「――陽平さんに『ごめん』と伝えてほしいと言っていました。『昼食べに行けなくてごめん』と。だから……っ」 「……わかった」  千葉は降り注ぐ雨の中へ、再び駆け出した。

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