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6月 汚泥の水面
「久しぶりだね和樹。元気だった?」
「おかげさまで。少なくともカナタといたときよりは、元気だと思うよー」
俺は本人を目の前にして、笑い飛ばしてやった。
フード越しとはいえ、カナタの顔が引き吊ったのがわかる。
「その『カナタ』っての、やめてくれない?」
「だってお前はカナタだろ?」
「……ほんとに馬鹿だよね、和樹は」
カナタは雨に濡れるのも厭わずに、顔を覆っていたフードを取り払った。
久しぶりに見るその顔は、相変わらず嫌な笑みを浮かべていた。
「僕はカナタじゃないって、何度言ったら理解できるの?」
「あれー? 俺の勘違いだった? そりゃあ、悪いことしたね」
いくらコイツがカナタじゃないって言っても、俺はずっとカナタって呼んでいた。
今さら訂正できるわけない。つーかする気もない。
俺はもう、コイツとは会わないはずだった。
「僕、和樹のそういうところが本当に嫌いなんだよね」
「奇遇だなー。俺もアンタのこと嫌いだ」
だからもう俺に関わらないでくれ。
今まで生きてきた十六年間の中で三本の指に入るくらい、俺はカナタが嫌いだった。
「さて、カナタくんはどーして俺を呼び出したのかな? わざわざ学校にまで来たからには、めちゃくちゃ大事な用件なんだろうね」
俺と同じくらい、いやそれ以上に、カナタは俺のことを嫌っていたはず。俺にはカナタの目的がわからなかった。
「ただの世間話だよ」
「……は?」
呆れた声を出した俺をシカトして、カナタはビオトープまで歩いて行った。そして汚れた水面を眺めながら、俺を呼び寄せた。
「和樹、ちょっと来て」
「何だよ」
「いいから」
何となく嫌な予感しかしないが、俺はカナタに言われるがまま足を進めた。
「汚いよねー。この水」
俺も水面を覗きこむ。ここは浅いはずなのに、まったく底が見えなかった。
カナタはずっとビオトープを見つめたまま、続ける。
「よくふたりで掃除したよね。あの頃は、何で僕がこんな目に遭わなきゃならないんだって、ずっと思ってたよ」
降り注ぐ雨粒が濁った水面に、いくつもの波紋を描く。
一年前のあの頃は、こんなに濁ってなかったはずだ。
俺もカナタも、何もかも。
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