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6月 清水奏太
「僕は今でも和樹が嫌い。それでも、どうしても伝えたいことがあって、君を呼んだんだ」
ようやく本題に入るらしい。
俺は汚れたビオトープを背に、カナタと向き合った。
「あの人が戻ってくるよ」
「……あの人?」
「忘れちゃった? まぁ、無理もないよね。でも、あの人は和樹に会いたくて仕方ないみたい。この僕が側にいるのにね……っ!」
カナタはブルブルと肩を怒らせて、俺を睨みつける。
大きな瞳に嫉妬の火を宿したその姿は、酷く醜かった。
「聞いてるの?」
「俺、関係ないし……っ!」
突然カナタの顔が俺の前に来た。いや違う。カナタが俺の胸倉を掴み、引き寄せたのだ。首が圧迫されて息苦しい。
「ふざけてんの? だから、僕は君が嫌いなんだ!」
「……っ」
そんなこと言われても、正直覚えがない。こんな怒りをぶつけられるのはお門違いだ。
何も言わない俺に苛立ったカナタは、掴み上げた腕に力をこめる。この細い腕から、どうしたらこんな力が出せるんだ。
理不尽な怒りに俺自身、もう何が何だかわからなくなっていた。
「何とか言えよ和樹!」
だからこそ俺はこんなに冷静になってるのかもしれない。
雨はいよいよ本格的に降り始めて、俺もカナタも全身びしょ濡れになった。
だから俺は気づかなかったんだ。
カナタが涙を流していることに。
「……最後にひとつだけ言っておくよ」
「……」
カナタは俺の目を睨みつけ、その声に怒りをこめて言った。
「僕の名前はソウタ。清水奏太 だ!」
その名を告げられた途端、俺の意識は一年前のあの頃まで遡っていた。
しかしすべてを思い出す前に、俺は冷たい水に叩きつけられた。
カナタ……奏太に突き飛ばされたと理解したときにはすでに、俺の身体はビオトープの濁った水の中に沈んでいた。
「また来るからね、和樹」
去り際に奏太が何か言ったような気がしたが、水の中にいた俺には聞き取ることができなかった。
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