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6月 大和の嘘
「あれ、和樹は?」
大和が傘を持ってテントに戻ったときにはすでに、和樹はいなかった。
残っていた和樹の後輩である睦月からこれまでの経緯を聞いた大和は、すぐさまテントから出て、和樹を探しに行こうとした。
だが自分には生徒会として、新歓実行委員として、任された仕事がある。
勝手にこの場を離れるわけにはいかなかった。
「では、僕はこれで」
睦月がぺこりと頭を下げた。テントが無人にならないように、ずっと残っていたらしい。
大和は和樹に貸すつもりだった折り畳み傘を彼に渡す。
「これ使って。雨だいぶ降ってきたから」
「すみません。ありがとうございます」
睦月がいなくなってひとりになった大和は、彼から聞いた話を反芻した。
和樹が同級生だという男に呼び出され、その和樹を陽平が探しにいった。
「……くそっ!」
大和は近くにあったパイプ椅子を蹴り飛ばした。ガチャンと耳障りな音を立てて椅子は横に倒れた。
「何でアイツなんだ……っ」
一度では足らず何度も椅子を蹴り続ける。何でこんなに苛立っているのか、大和にもわからない。
「そのくらいにしろ大和」
「……隼人さん」
怒りに囚われた大和を呼び戻したのは、風紀委員長でCクラスの先輩でもある隼人だった。
「何があった」
「……何でもありません。ちょっとムシャクシャして、物に当たっただけです」
「和樹はどこへ行った?」
大和の腕を掴む隼人の力が強くなる。痛みに眉を寄せた大和だが、この人には逆らえない弱みがある。大和は口を開いた。
「……今、休憩しに行っています」
「……そうか。ヤツが戻ったら俺に連絡してくれ」
「はい」
隼人は完全に信じていないようだが、それだけ言って去っていった。
大和はなぜ嘘をついてしまったのかわからなかった。今日の自分は何かおかしい。
大和は倒れた椅子を元通りに起こし、それに座った。
今は何も考えたくなかった。
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