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6月 あの馬鹿がっ…!

 雨の中を千葉は走る。  傘を持たない千葉は、すでに全身ずぶ濡れだ。雨水を含んだ帽子や服がひどく煩わしい。  それでも足を止めることはできなかった。  最後に全力で走ったのは、もう何ヶ月前のことだろう。  以前に比べたら今の自分の走りは不格好だ。こんな自分の姿が許せなくて、千葉は陸上を辞めた。  それ以来まともに走らなかったせいで、少し走っただけですぐにバテてしまう。  何度も足をつまずかせ、ついには水溜まりの中へ転んでしまった。  口の中に雨水が入る。転んだ衝撃で唇の端を切った。 「……ちっ」  惨めだ。  今の自分は惨めだ。  何で俺はここにいるんだろう。  雨の中走りつづけた身体はボロボロだ。もう諦めて戻ってしまおう。  去年の自分なら、そう思っていたはずだ。  だが千葉は水溜まりから起き上がり、再び走り出した。脳裏に浮かぶのは、人騒がせな同室者の姿だった。 「あの馬鹿が……っ!」  睦月が言っていた場所が見えてきた。あの奥に和樹がいると思うと、全身の疲れが消し飛んだ。  一歩一歩足を進める千葉の目に、向かいから歩いてくる人影が見えた。  千葉は思わず足を止めた。その人物の姿が異様だったからだ。  傘も差さずに全身ずぶ濡れになっていて、白いはずのシャツは泥水に浸かったようにぐっしょりと汚れていた。  寒さに耐えるように自らの肩を抱き、歩みを進める彼は、千葉が探していた同室者だった。 「瀬川っ!」  千葉は和樹に向かって駆け出した。

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