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6月 あったかーい
「……瀬川っ!」
あれ? 千葉の声が聞こえる。
これは幻覚? あ、幻聴ってやつですかね。
多分熱のせいだ。頭がボーッとして目の前がクラクラする。
こんなに酷い風邪を引いたのは、生まれて初めてだ。
ほら、膝だってガクガクしてるし、つーかもう歩いてる感覚がない。
俺はそのまま地面に倒れこんだ……と思われたのだが。
「瀬川っ!」
「……千葉?」
ああ……幻なんかじゃなかった。
実物の千葉さんがフラついた俺を支えて、そのままゆっくり座らせてくれた。
正直、俺はもう限界。
意識が飛びそーなのが自分でもわかる。
「……寒くないか?」
「そう言う、千葉こそ……ひどい格好だね。寒くないの……?」
千葉は俺に何があったのかを詮索しない。この状態を見れば、何かあったのはすぐにわかるのに、それよりも俺の体調を気遣ってくれる。
俺は千葉のこーゆーところが好きなんだ。
てか改めて千葉を見ると、ヤツもそーとーひどい格好だ。
「転んだだけだ」
「そう。俺は池に落ちただけー」
ぎこちなさ百パーセントの作り笑顔で千葉を見ると、ヤツは黙って背中を向けた。
これはアレですか。
おんぶされるのか、俺。
「俺、歩けるからっ、そんなんいらねーよ!」
「何強がってんだ。早くしろ」
「……」
俺は素直におんぶされた。
本気でヤバい風邪だと、自分でもわかっていたからだ。
千葉は俺を背負ったまま、ゆっくりと立ち上がり歩き出した。
「……超恥ずいんだけど」
「病人は黙ってろ。お前、相当熱あるぞ」
「マジでー? 自分的には、すんごい寒いんだけど……」
「わかったから、もう喋るな」
「……りょーかい」
千葉は寮に向かってくれるようだ。
ヤツもびしょ濡れだし、このままふたりして校舎に入るのは迷惑極まりないだろう。
こんな風におんぶされるのはガキの頃以来だ。
千葉の心臓の鼓動がダイレクトに伝わって、何だか心地良い。
次第に眠たくなってきた。
「……千葉ぁ」
「黙ってろ」
「……あったかーい」
今の俺はあの頃の俺とは違う。
少なくとも俺は安心できる場所を手に入れた。
「ありがとな……千葉……」
俺は目蓋を閉じて、全身を千葉に委ねた。
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