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6月 和樹、保健の先生に会う
誰もいないと思ってた部屋には、何と千葉がいた。
ヤツはベッドの横に丸椅子を持ってきて、それに座って腕を組んで寝てる。器用なヤツだ。
びしょ濡れだった服はすでに私服に着替えていて、口元には絆創膏が貼ってある。
ニット帽も脱いでいたから、俺は久しぶりに千葉の額の傷を見た。
皮膚が引き吊っているそこは、やっぱり痛々しい。
この傷と千葉が陸上を辞めたことは関係あるのかないのか。
気にならないと言ったら嘘になる。
でも俺は大和にも言った通り、ヤツが話してくれるまで待つつもりだ。
誰にだって触れられたくない話のひとつやふたつはあるだろう。
「起きたのか?」
「え?」
聞き覚えのない声が保健室の片隅から聞こえた。
千葉と反対側を見ると、保健室の入口近くに置いてあるソファーに、白衣を着た男が座っていた。
「……保健の先生?」
「そうだ。ここに来るのは初めてか?」
「あー。多分そうっスね」
生憎、俺は保健室に縁がない。
だから二年にもなって、今日が初めての保健室デビューなのだ。
ぶっちゃけ俺は今日まで、保健の先生が男だというのも知らなかった。
どうせならキレーな女医さんがよかったけど、この先生はそれに負けないくらいのイケメンである。中性的な容姿で、涼しげな切れ長の目が印象的だ。歌舞伎の女形とか似合いそう。
「お前はまだ熱があるから、大人しく寝てろ」
「はーい」
俺は大人しく横になった。
今さらだが俺の服は着替えさせられていた。
自分で言うのもあれだが、千葉に保護されたとき、俺は相当ひどい格好だったと思う。
それなのに服はおろか、全身が綺麗になってる気がする。
これは、もしかしなくても、あれなのだろうか。
「先生~」
「何だ?」
「もしかして俺を着替えさせてくれたのって、先生だったりします~?」
「当たり前だろ。私以外に誰がしたと思ってたんだ。それにあのまま放置してたら、確実にお前死んでたぞ」
「あはは、そーですね」
いや、先生に悪気がないのはわかってる。
だけど、ものすごーく恥ずかしいのだ。
だってそうだろ?
意識のない状態で他人に身体を触られるのは、あんまりいい気はしない。
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