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6月 保健医・篠川織弥

「瀬川連れてさっさと帰りな」 「うるせぇ。言われなくても、そうするつもりだ」 「え? ちょっ!」  俺の意見など聞かれずにどんどん話は進んでいく。  千葉は掛け布団を引き剥がしてベッドの横に立つと、無理矢理俺を起こした。 「何すんだよ!」 「病人は黙ってろ」 「……さっきもそれ言われた気がする」  確かに俺は病人(しかもけっこう重症)だけど、そこまで言われるとムカついてくる。  何とか言い返そうとしたが、そんな俺よりもヤツの方が早かった。  千葉は後ろを向いてしゃがみこみ、背中を見せてきた。  つーか、これってまさか。 「またおんぶかよ」 「どうせ歩けねーだろ、お前」 「そーだけどさ……」  さっきはアレじゃん。俺らしかいなかったから素直に背負われたよ。けど今は違うじゃん。  俺はちらっとアイツがいる方を見る。案の定バッチリ目が合ってしまった。しかもムカつくことに、先生は俺らを見てクスクスと笑っていやがった。 「私のことは気にするなよ、瀬川。あんまり嫌がるようなら、今この場であんなことやこんな――」 「わかったからアンタは黙ってろ!」 「篠川てめぇ…っ」 「あーもー千葉もいいから! 早く行くぞ!」  俺は千葉の背中にさっさと飛び乗ると、落ちないように両腕をヤツの首に絡めた。それから早く行けとばかりに、千葉の後頭部に軽く頭突きをする。  ヤツにもそれが伝わったようで、千葉はゆっくりと立ち上がると扉の方に足を進めた。  一刻も早くこの室内から抜け出したいと思ってた俺だが、最後にアイツからかけられた言葉に思わず振り返った。 「しばらく安静にしろよ。お前ひとりの身体じゃないんだからな」 「……珍しく先生らしいこと言うんですね」 「それが私の仕事だ」  そう言い切った先生の顔は真剣そのものだ。色々言い過ぎたかなと反省した俺は、謝罪の意味もこめてお礼を言った。 「ありがとうございます、えーっと……」 「篠川だ」 「え?」 「私は篠川織弥(ささがわ おりや)だ。もう二度と怪我や病気以外でここに来るなよ」 「りょーかいっス、篠川先生」  俺は千葉に背負われて保健室を後にした。  それからのことはあまり覚えてない。ただぬくもりに身を委ねていたような。  そんなあたたかい気持ちになっていた。

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