108 / 118

7月 副会長の受難

 浅井千晴は乱れた前髪をすっと直し、額に浮かんだらしくない汗を拭う。 「あの馬鹿男が」  生徒会副会長である千晴の悩みは、仕事をさぼるなまけ癖の強い男の存在である。生徒会長の北村秀一はとにかく仕事をさぼる。成績も頭の出来も良いが、要領もまた良い。少しでも面倒だと感じた仕事はすべて千晴や、書記の宮崎翼に回し、自分は悠々と学内を闊歩するのだ。  千晴は図書室へ続く廊下を急ぎ足で進む。それを見た周りの生徒たちは黄色い歓声を上げる――という王道展開はまったくなく、むしろ哀れみの目を向ける。この学校に在籍する生徒たちにとって、この風景は日常茶飯事なのだ。  今回千晴に押しつけられた仕事とは、テスト週間中の図書室の利用法について、図書委員会が議論したものを学校側に提出する前に、生徒会で一度確認するという簡単なものだ。たかだかそれだけの仕事なのに、秀一は千晴に押しつけたのである。 「僕が本気でキレたらどれだけ恐ろしい目に遭うか、いまに見せつけてやる」  千晴は左目の下の泣きぼくろを怒らせ、図書室へ足を踏み入れた。  だが、入り口を入ってすぐのテーブルを陣取っていた人物たちを見るなり、その表情はさらに険しいものになる。 「あれー? 浅井センパイじゃないっすか。珍しいですね」 「……その言葉、そっくり君へ返そう。どうして君がここにいるんだ、瀬川くん」  千晴が知る限りもっとも図書室が似合わない男、瀬川和樹がご丁寧にも教材を広げ、座席を占領していたのだ。  しかも、その隣には――。 「早いな、千晴。仕事は終わったのか?」 「君は僕の本気の怒りを目の当たりにした方がいいよ、秀一」  和樹の隣にはだらだらに怠けた姿を隠そうともしない、生徒会長の姿があった。

ともだちにシェアしよう!