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春 遠見 ③

一太は体育祭実行委員を出席番号一番という理由だけでやることになった。 出る種目の振り分けや体育祭までの準備が主な仕事だ。 その中で特に一太が手こずっていたのがクラス全員が出場しなくてはいけないリレーだった。  クラスメイト40人が全員50㍍走らなくてはいけない。 走る順番や練習する日を決めなくてはいけなかった。   しかしクラスメイト達はあまり体育祭にやる気がなかった。 さらに真面目で融通の聞かない一太を、クラスメイトの多くが面倒くさく思っていてなかなかスムーズに進まない。 そんな時は東が程よいタイミングでフォローをしていた。 「じゃぁさ、放課後練習した後に行ける奴でしゃぶしゃぶ食べ放題行かね?!運動した後ならもと取れるって!」 そう言われると、東と遊びたい男子や女子が誘いにのって練習に出てくれる。 そうやって東の手助けでなんとか一太はクラスメイトをまとめていた。 しかし体育祭を一週間後に控えたある週、東が結膜炎で学校を休むことになった。 クラスリレーの最終的な滑走順とバトン練習をしなくてはいけないタイミングだった。 「今日の放課後、リレーの練習をしたいんだけど、ダメな人いますか?」 一太が昼休みにクラスメイト達に声をかけた。 遠見はその様子を自分の席から見ていた。 「えー、てか急すぎない?」 「ダメな人って聞き方がやだよねー」 「てかそっち優先しなきゃだめなわけ?」 「もう練習よくね?」 クラスメイト達がそれぞれグチグチと呟いている。 遠見はそんなクラスの雰囲気をただ見ていた。助け船を出そうと思えば出せる。 だが遠見は東ほどクラスの中心に入るタイプではないし、一太の肩をもって変に反感を買うのも面倒だった。 「今週末は体育祭なんで協力してください!お願いします!」 一太は声を少し荒げて言った。 「特に松井君と立石君と大屋君、一回も出てないよね?」 一太が名前を上げたのはクラスでも素行の悪いグループだった。東がそれとなく声をかけてものってこない奴らだ。 「あ?なんだよ」 「うるっせーな」 「何?名指しとかウザすぎんだけど」 3人が一太を睨み返した。 「体育祭は全員参加です。勝手な行動をとるとクラスに迷惑がかかります。一回でも練習には必ず参加してください」 一太は怯むことなくピシャリと言った。 「は?何?」 「えー何々?他のみんなも俺らのこと迷惑だと思ってんのー??」 大屋がクラスを見回す。 「梓、マジ余計なことを」 「俺たちを巻き込むなよ」 小声でコソコソと話す他のクラスメイト達。 「クラスリレーなんかどうでもいいっつーの」 「別に練習でなくてもいいんじゃない?」 他のクラスメイト達は迷惑そうに一太を睨み付けたり、大屋達の味方につこうとしている。 一太はそれでも毅然とした態度で教室の前に立っていた。 一歩たりとも譲る気がないようだ。 「ていうか、今までだって東が練習参加するって言うから付き合ってただけだし?今日東いないしねー」 「つーか、東の幼馴染みだからって調子乗りすぎ」 「走る順番とか梓君が勝手に決めちゃって良いよー」 「そうそう、もう十分練習したよねぇ」 クラスからもう練習をする気のない雰囲気が漂ってくる。 一太は口を固く結んでじっとクラスメイト達を見た。 「。。わかりました。みんなの協力が得られないなら練習はできないので、今日はいいです」 一太はそう言うと教室から出ていこうとした。 その時だった。 「はいはい、東から伝言!」 遠見がスマホ画面を片手に手を上げた。 「体育祭までに復活出来そうだけど、自分が勝てそうなのはクラスリレーくらいだからみんなよろしく、だって」 「は?本当それ?体育祭難しいんじゃないの?」 クラスメイトの一人が遠見に聞いた。 「東、あいつ結構体育祭楽しみにしてるからね。意地でも来ようとしてるよ。とりあえず俺は東からお願いされたから今日は練習出るよ」 遠見がそう言うとクラスメイト達の空気が少し変わった。 遠見は続けて大屋達に言った。 「久々に走ると足絡まったり心臓に悪いらしいよ。絶対に出なきゃいけないし、何気に体育祭の中で一番目立つ種目だって先輩言ってた。一回でも走る練習しとかないと逆に当日ミスって目立つかもだし今日くらい出てやってよ」 遠見はにっこりと穏やかに、しかしハッキリとした口調で言った。 「はぁ?なんだよそれ」 大屋は遠見を睨んだ。 しかし遠見は引くことなくニコリと笑いながら言った。 「明日から天気予報悪いらしいよ。今日練習しなかったら下手すりゃこのまま本番だよ。ね、明日やれるかわかんないし面倒くさいから今日みんなでさっとやってぱっと終わらせちゃおうよ。放課後着替えて校庭集合!どうしてもダメな奴は俺に言って!」 クラスメイト達は、穏やかだがキッパリとした口調の遠見に何も言えなかった。 遠見は一太の横に並んで言った。 「じゃぁみんなよろしくね、梓、購買行こう!」 そう言うと一太の手を引っ張り教室を出た。 一太はそのやり取りの間、ただじっとしていた。 教室を出ると遠見は一太の方を見て言った。 「こういうのは言い逃げが勝ちだよ。あぁ言って来ない奴はもうそれでしょうがない。本人がそれで良いって思ってる奴の考えを変えるのは大変でしょ、梓はちゃんと体育祭委員の仕事は全うしてるんだから大丈夫」 一太は遠見のニコリとした笑顔を見て、それまで固かった表情が崩れた。 「遠見、ごめん、、ありがとう。。」 一太は顔を真っ赤にして言った。 そして悔しそうな表情を見せた。 「俺、恥ずかしい・・クラス全然まとめられてないし、信頼もされてないのに。なんで委員なんてやってんだろ。」 「先生が勝手に決めちゃったからでしょ。結構面倒くさい仕事多いのにちゃんと梓はやってるんだから。それだけでみんな感謝してるって」 「でも俺、結局こうやって東や遠見に助けられてばっかりだ。情けない」 「はは、梓は本当真面目だなー。使えるものは使っとかなきゃ、損だよ?俺は昼飯早く食いたかったからあの場が早く収まる流れにしたかっただけだし!」 遠見の発言に一太は目を丸くした。 「遠見、お前結構良い性格してるな?」 「まぁ、面倒事や揉め事が嫌いなんだよね~。余計なイザコザは避けたいでしょ?梓は真面目なのに不器用だよね。人のためを思ってやってるのに全然伝わってない。だからさ、まぁ、なんかあったら東だけじゃなく俺も頼って。むしろ俺の方が梓のやりたいやり方へ持っていくの上手いと思うよ?」 遠見がさらっと本性を言ったので一太は驚いた。 いつもニコニコ穏やかそうだが本心ではそう思っていたのか。 しかし嫌悪感は感じなかった。そこも遠見の上手いところだ。 遠見はさっきの教室での一太を見て、守ってあげたい気持ちになった。 誰に対しても態度を変えず真面目にまっすぐに見つめるその不器用な姿勢を、遠見は不覚にも愛しく感じたのだ。 一太の裏表のない素直な真面目さは遠見にないもので、なんだか羨ましく眩しく見えた。 「ところでさっきの東からの伝言て、本当?」 「いいや、あの場で思い付いただけ。東には後で口裏合わせてもらおう、あと明日から天気が悪いのかどうかは全然知らない」 遠見がスラスラと口から出任せを言ったのかと思ったら一太はおかしくなった。 「はは、遠見スゴいな!!俺も遠見みたいになりたい!」 そう言って笑った一太の顔が遠見にはとても可愛く見えた。

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