13 / 57

夏 一太 ②

あの日、東が東京に行く日。 一太はその日がいつか知らなかった。 なのであの日の朝、唐突に東が訪ね来た時はとても驚いた。 「おはよ、一太!」 「へ・・何?」 一太は寝ぼけていた。 その日は春休みに入った二日後だった。 「いつまで寝てんだよ~一太」 東がグイグイと布団を引っ張った。 「ちょ、今まだ7時じゃん!休みの日なんだからまだ寝てても良いだろ!てか東何しに来たの?」 一太も布団を引っ張り返しながら言う。 「俺んち、今から東京行くんだ。飛行機早いからもうすぐ出発。だから最後の挨拶に来た」 「え・・今日?」 一太はビックリした。 てっきり四月になってから行くのだと思っていた。 東のことだから行く日が決まったら教えてくれると思っていたのだ。 「何それ。急すぎじゃん!なんで言わないんだよ!!」 一太は怒って言った。 「ごめん、何気に色々忙しくてさぁ、報告後回しになっちゃった」 「他のやつらは?みんな知ってんの?みんな見送りに行くって張り切ってたじゃん」 「いいや、やっぱそう言うの恥ずかしいし。みんなには東京行ってから事後報告にしようかと。」 「・・・お祭り騒ぎが好きな東にしては珍しい」 「なんだと!」 東は一太の頭をピシッと叩いた。 そしてジッと一太の顔を見て言った。 「一太にだけは、ちゃんとお別れ、言いたかったから」 一太は真剣な東の表情にドキリとした。 「なんだよ。別に永遠の別れじゃないじゃん・・」 一太は少し視線をずらして言った。 「でも俺、一太と離れるの寂しいんだ」 東は相変わらずじっと一太を見て話す。 東の言葉に一太は思わず赤面してしまった。 「な、なんだよそれ。そんなこと言って、どうせ東のことだから向こうですぐ友達出きるくせに!しかもなんなら彼女とかすぐできちゃって遊びまくって、きっとあっという間にこっちのことなんか忘れるんじゃない?」 一太は照れ隠しのために早口で話した。 「一太は、俺がいなくなったら寂しくない?俺がいなくなったら俺のこと忘れる?」 東がいつになく真剣に、そして寂しそうに言うので一太はなんだか不安になった。 どうしたのだろう・・あの東でもやっぱり東京に行くのは不安なのだろうか。 一太は何とか慰めようと東の頭をなでた。 「忘れるわけないじゃん。ずっと一緒だったんだから。多分、ずっと、東は俺にとって一番の友達だよ」 そう一太が言った時だった。 東の頭にのせていた一太の手を東がグイッと引っ張った。 そしてそのまま一太を布団の上に押し倒し、一太の唇に自身の唇を押し当ててきた。 「ちょっ!?」 一太は一瞬のことで何が起きたのか理解できなかった。 東はグイグイと体重をのせ一太にキスをする。 一太は息ができず東の下でもがいた。 何が起こっているんだ? 東はどうしたんだろう? 一太は抵抗しつつも東を受け入れるべきか迷った。 しかし、東はいきなりフッと唇を離すと、ニヤッと笑った。 「はは、一太弱すぎ!」 「おま、お前何すんだよ?!」 一太は真っ赤になって叫んだ。 「お別れと言ったらチューするだろ?なんだよー真剣にとんなって!冗談だよ!俺とお前の仲だろ!」 「な、やって良いことと悪いことがあるだろ?!」 「朝からそう怒んなって、減るもんじゃないし。あっ、俺そろそろ行かなきゃ!」 そう言うと東は立ち上がり、ドアをガチャリと開け手をヒラヒラさせた。 「んじゃ、一太元気でな!連絡するからちゃんと返事返せよー」 東はニコリとして部屋を出ていった。 あまりに突然のことで一太は何から考えるべきかわからなかった。 東が今日いなくなる。 だから東は挨拶に来て、そして東が寂しそうだったから慰めて、そしたらキスしてきた? あれ?なんだ?あのキスはなんだったんだ。 冗談?からかった? 一太は頭がパンク状態になった。 下の階で母親に挨拶する東の声が聞こえた後、玄関の閉まる音が聞こえた。 一太は慌てて部屋の窓を開け下を見た。 東が歩いている。しかしふと足を止め振り返った。 東は一太が窓から顔を出してるのに気が付くと大きく手を振った。 その顔は寂しそうであり、何かを断ち切ろうとするような清々しさもあった。 一太も手を振り返した。 東はニコッと笑うと足早に駆けていった。

ともだちにシェアしよう!