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秋 遠見 ⑤

ホテルに着くとそれぞれ各部屋に荷物を置き、部屋着に着替えて夕飯会場へと向かった。 ホテルには修学旅行生以外にも、観光客が沢山おり賑わっていた。 これなら会わないですむだろうか・・ 遠見の頭にそんな甘い考えが浮かんだ時だった。 「おっ!遠見君と梓君!」 遠見と一太が夕食会場まで向かうために歩いていると、後ろから突然話しかけられた。 振り返るとそこには針崎が笑顔で立っていた。 すでに部屋着に着替えて楽そうな格好だ。 遠見はチラリと周りを見たが針崎一人のようだ。 一太は驚いて少し目が泳いでいた。 「本当にかぶってたんだなー!久しぶりー!元気にしてた?」 針崎はニコニコしながら聞いてきた。 遠見も笑顔で答える。 「あぁ、針崎君も久しぶり、すごいな、まさか北海道で会うなんて」 すると一太も続くように遠慮がちに答えた。 「ビックリした、同じホテルだったんだ。針崎君達も元気してた?他のみんなは?」 「あぁ、みんな部屋かな?オレは喉乾いたから飲み物買いに来たんだ」 そう言うと針崎は手に持ったペットボトルを見せた。 「そっか、俺達これから夕飯なんだ、そっちもそろそろ?」 「おー、俺らはあと30分後かな。あー、そういや」 と針崎が何かを言いかけた。 しかし遠見がそれを遮った。 「あっ、ごめん、ちょっと急がないと。ごめんね、会えて良かったよ!」 そう言うと遠見は一太の手を引っ張った。 「急ごう、梓」 「え・・?」 一太は少し戸惑ったが遠見のあとに続いて歩き始めた。 「あ、じゃぁ針崎君、また」 一太はそう言うと針崎へ軽く手を降った。 危なかった。 やはりホテルは油断してると会いそうだ。 あまりうろつかないようにしよう。 遠見がそんなことを考えていると一太が遠見の目を見て話しかけてきた。 「あの、あのさ遠見・・」 「何?」 「あ、あー、いや。ビックリしたなって。針崎君元気そうだったね」 「・・そうだね」 遠見はこの話題を広げる気になれず短く答えた。 夕食が終わるとそのまま宴会場へと移動になった。 修学旅行委員が中心になって決めたレクリエーションをみんなで楽しむのだ。 カラオケの上手な生徒が歌を歌ったり、今日動物園で調達したであろうお土産が景品のビンゴが行われた。 途中今回の修学旅行のスライドショーなんかもあった。 部屋が暗くなるのでその隙を見て抜け出したり寝ている生徒もいる。 遠見と一太はそんな光景を少し後ろの方から眺めていた。 そうして一時間半ほどでレク大会が終わった。 みんなぞろぞろと部屋へと帰っていく。 すると遠見は後ろから袖を掴まれた。 「あ、あの遠見君」 「え?」 振り向くと日野が立っていた。 「ちょっと、いいかな」 下を向いていて表情はあまりわからなかったが声が震えている。 これは告白をされるのだろうか、と遠見は一瞬で思った。 周りを歩く他の生徒達がチラチラと見てくる。 この場で断るわけにはいかなそうだ。 その光景を見て一太が言った。 「あ、じゃぁ俺、先に戻ってるから」 一太は少し伏し目がちになりながら早足で歩いていった。 「どっか人いないところ行く?」 一太が見えなくなると、遠見は日野に聞いた。 「うん、ごめんね、ありがとう」 二人はホテルの中庭に移動した。 そこは広く、他に何人か人がいたが静かだった。 「寒くない?」 遠見は聞いた。 「大丈夫、遠見君は平気?結構薄着だよね」 「大丈夫だよ、ありがと」 遠見は微笑んだ。 そんな遠見の顔を見て日野は真っ赤になった。 両手をギュッと握りしめている。 「あの、遠見君。もうバレバレだと思うんだけど・・その、好きです。もし、良ければ付き合ってください」 日野は下を向いたまま少し早口で言った。 遠見はそんな日野をまっすぐと見ながら答えた。 「ありがと、日野さん。そう言ってもらえのはすごく嬉しい。でも、ごめんね。付き合うことはできないや」 「・・・なんで?彼女いるの?」 日野は少し泣きそうな顔で見つめてきた。 「うん、そう・・好きな人がいるから」 遠見は微笑みながら言った。 「そう、なんだ。なんか、すこしビックリ。遠見君そう言うの全然表に出さないから。この学校の子?」 「うーん、それは一応秘密で。俺もこういう話、人にするの初めてなんだ」 「そっか、ありがとう、話してくれて」 日野は少し涙目ながらもニコリと笑った。 そして「また明日」と言うと小走りでホテルの建物の中へと入っていった。 実際に、人に言うのは初めてだ。 自分には好きな人がいる。 それを口に出すと再確認できるのだなと、遠見は思った。 自分は本当に一太のことが好きなのだということを。 早く部屋へ戻ろう。 一太に日野とのことをフォローしなくては。 それから遠見も建物の中へ入り急いで部屋へと戻った。

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