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春の始まりに ①
今年の桜も早そうだ。
一太は駅前の桜の木を見てぼんやりと思った。
荷物の整理は終わったし、新しい部屋の家具もだいたい買い揃えた。
十八年間ずっと過ごしてきたこの町とももうすぐお別れだ。
改札口の方がザワザワと賑わいだした。
電車が到着したようだ。
乗客の人並みを掻き分けて小走りに駆け寄ってくる人影を一太は見つめた。
「一太ー!」
東が笑顔で近づいてきた。
「久しぶり、東」
一太も笑顔で東を迎えた。
「元気にしてたか!?もうすぐ引っ越しだろ?!」
東は一太の肩をポンポンと叩きながら聞いてきた。
「うん、もう準備も終わった。東は実家通い?」
「そう、東京は大学いっぱいあるからなぁ。家出るやつの方が少ないよ」
「へー、やっぱ東京は違うなぁ」
一太と東は駅を出て、そこから伸びる大通りを並んで歩いた。
その道はこれまで何回も東と歩いた道だ。
いつも他愛ない話をしながら歩いた。
テストがあまり良い点数ではなくて、悔しくて泣いた小学生の時。
クラスメイトが真面目に合唱コンクールの練習をしてくれなくて、苛立って八つ当たりをした中学生の時。
それでも・・東はどん時でも笑っていたっけ。
「大丈夫だよ!一太!」
そう言って頭をワシャワシャと撫でくりまわしてくれた。
そんな東の笑顔に今までどれだけ救われてきたか・・
今頬を撫でる、この春の風のように暖かくて心地の良い存在だった・・
一太はチラリと隣を歩く東を見た。
東は前をまっすぐ見たまま、穏やかそうな表情で町を見ている。
「・・遠見も広島?」
すると東は一太の方は見ないで聞いた。
「うん」
一太も前を向きながら答えた。
「一緒に住むのか?」
「まさか!」
東の問いに一太は笑って答えた。
東は「そっか・・」と小さな声で答えたが、それ以上その話題は続けなかった。
「あそこの公園で遠見が待ってるよ」
一太は高台の公園を指差した。
「・・遠見と会うのは一年ぶりか・・」
東はポツリと言った。
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