52 / 57
春の始まりに ③
「東」
空港のベンチに座っていた東は隣を見て驚いた。
そこには真剣な瞳で東を見つめる遠見がいた。
いつの間に、隣に座ったのだろう。
「びっくり・・した」
東はどう話してよいか迷い、ただ一言ボソリと言った。
「到着ゲート出たらすぐに東が見えたから。でもずっと下向いて座ってるから、寝てるのかなと思って静かに近づいたんだ」
遠見は微笑むことなく言った。
「別に、寝てねーよ・・」
東は遠見から目をそらしながら言った。
少しの間、沈黙が続いた。
おそらく遠見もどう話し始めようか考えているのだろう。
東は遠見から何か言うまで黙ることに決めた。
そもそも呼び出したのは遠見の方だ。
自分が気を使う必要なんかない。
それからまた少し沈黙が続いたが、意を決した遠見が口を開いた。
「ごめん」
はっきりとよく通る声で遠見は言った。
「俺のせいで、お前を傷つけた。お前の大切にしてたもの、全部ダメにした・・」
遠見は少し俯きながら話した。
東はそんな遠見の様子を見てポツリと言った。
「そんなに一太のこと好きだったわけ?」
「うん・・」
遠見は小さく答えた。
「好きだった。梓がお前のこと好きなのわかっていても止められなかった、気持ちは変わらなかった」
「ふーん・・・それで、俺の転校を良いことに自分だけ勝ち逃げしようとしたわけ?」
東の口調は自然と厳しくなった。
どんなにしおらしく謝られても、こちらの怒りはそう簡単に溶けるものではない。
「そう・・お前がいたら俺に勝ち目はないって思ってたから・・チャンスだって・・」
「言うねぇ・・」
素直な遠見の言葉に東はチクリと反撃する。
「まぁ、良かったじゃねぇか。お前は卑怯な手でまんまと一太を手に入れたわけだろ。一太も俺も自分が騙されてるなんて気付かず、バカだよなぁ。一太なんてそのまんま信じきって、お前になんでも許しちゃって?可哀想なやつ」
東の厳しい口調に遠見は黙った。
しかし遠見は東の顔を再びジッと見つめ口を開いた。
「梓を、幸せに出来るのは俺だと思った。お前には無理だって思ってた。だから多少強引な手を使っても、梓を手に入れたかった」
「はぁ?なんだよそれ?!」
東はカッとなり遠見の肩を掴んだ。
「お前はどんだけ上から目線な訳?!俺達の間に入ってきて、勝手に乱して壊してダメにして、何が幸せにできるだ!!一太は俺のことが好きだったんだぞ?!俺と一緒になるのが幸せだったに決まってんだろ?!」
東は今まで抑えていた感情がついに爆発した。
「両思いだったのに!!お前がダメにしたんだ!本当だったら、今頃俺の隣には一太がいたはずだったのに!!一太は俺のものだったのに!」
東は悔しい気持ちをぶつける様に一気に捲し立てた。
しかし少し声が大きくなってしまったことに気づいて、東は慌てて遠見の肩を離した。
「ごめん・・」
遠見は小さな声で謝った。
「自分のしたこと、本当に恥じてる。傲慢だったって思ってる。自分勝手で二人を傷つけた。だから梓にも言われたよ、付き合うことはできないって」
「え・・?」
東は驚き遠見の顔を見た。
「俺は梓と、それから東からの信頼を壊した。それを取り戻すまでは・・梓とは一緒に居れない」
「・・・・」
東は何を言うべきか、少しの間黙って考えた。
「・・信頼って?例えば?」
そしてボソッと聞いた。
「今はまだわからないけど・・俺、今までなんとなく周りの顔見てうまくやってきたつもりだったんだ。だけどいざ自分一人でうまく立ち回ろうとすると下手くそなんだって気付いたよ。俺自身が周りを信頼してる様な顔して、誰のことも信じていなかった。そんな人間を信頼してくれっていう方が難しいよね」
そう言って遠見は少し苦し紛れに笑う。
東はそんな遠見を見て言った。
「一太がお前と付き合わないって事は、俺にもまだチャンスはあるってこと?」
その言葉を聞いて、遠見は驚いた様に目を見開いて不安そうな顔で東を見た。
東はそんな遠見の顔がなんだか可笑しくて笑ってしまった。
「あはは!!何その顔??そんなに驚くことか?!」
「いや・・だって、東だったら簡単に梓を惹き付けられるのは事実だから・・」
そう言うと遠見は俯いた。
「梓は東のこと大好きだから」
遠見はそう言ってジッと地面を見つめた。
目線を下に向けたままの遠見を見て、東は軽く溜め息をついた。
「でも、結局今はお前のことが好きじゃねーか」
「・・え?」
遠見は顔を上げて東を見つめた。
「俺なんて、もうハッキリフラれたんだ。俺はな、親友。大切な一番の親友ってやつになったの。もうチャンスなんかないよ、お前も知ってるだろ?一太の頑固さ」
東はなるべく明るい口調で話した。
「お前はまだ、チャンスあるじゃん。ここからが本当の頑張り時だろ?頑張ってみろよ、今度は正々堂々と・・だってお前、さっき誰のことも信じてないって言ったけど、一太の事は信じてるだろ。あいつもきっと、お前のこと信じてるよ。お前がちゃんと信頼を回復できる奴だって」
遠見は少し驚いた顔で東を見つめていた。
「あー、やば、俺超怒ってたはずなのに・・なんでお前のこと励まんしてんだよ?!アホか、俺?!」
そう言うと東はズリズリとベンチに深くもたれ掛かる。
その様子を見て、遠見はクスリと笑った。
「あぁ?なんで笑うんだよ?!」
東は上目使いで遠見を睨んだ。
すると、遠見は少し微笑みを浮かべて答えた。
「いや、やっぱりお前には敵わないなって思ってさ。梓がずっと好きだったの、わかるよ」
そう言われて東は照れるような顔をした。
「はぁ?なんだよそれ・・」
「俺、もう一度東と梓から信頼されるように頑張るよ。図々しいのは分かってるけど、友達として、もう一度ちゃんと見てもらえるように。東みたいに良い奴と友達じゃなくなるのは辛いな・・」
「・・本当、図々しいやつ・・」
「だね・・」
そう言うと遠見は微笑んだ。
その表情は穏やかで、でもどこか自分を圧し殺した様な、昔あの町で仲が良かった頃の遠見のものだった。
「お前は、もっと自信もてよ・・」
東はボソッと言った。
「一太はお前を選んだんだ。だから自信もてよ・・そんで俺が完全に納得出来るような奴になって、もう一度、一太を手に入れろよ・・」
「東・・」
「あぁ〜なんで俺敵に塩送ってんの・・今日はめちゃくちゃ文句言って、絶対許してやらねぇーって怒鳴ってやるつもりだったのに・・」
東はフゥーと軽くふくれ面を作った。
しかしすぐに遠見の方を見つめると手を差し出す。
「とりあえず、お前は俺達が納得出来るように頑張ってみろよ」
遠見は差し出された東の手を握り返した。
「・・」
遠見はどう言えばよいかしばし考え、そして小さく口を開いた。
「こんなこと、言えた筋じゃないけど・・東が幸せになること祈ってる・・」
そう言われ東は軽く溜め息をついた。
「・・ほんとにな・・・まぁでも、俺も受け身でいたのがいけなかったんだ。だからお前にとられた。思ってたより自分が情けなくて臆病だってことにも気づけた。だから、今度は俺も頑張るよ。自分で、幸せ勝ち取れるようなやつになるよ」
「・・東・・・」
遠見は東の手を強く握った。
「いててて、なんだよ!?」
そうして俯いて、東の手に額をつけて言った。
「本当に、本当にごめん・・ありがとう・・」
そんな遠見を見て、東は遠見の手を優しく握り返した。
「おう・・」
そして小さく返事をした。
これでよいのだ。
この問題をいつまでも引きずっているのは、自分にも遠見にも、そして一太にもよくない。
恨まないと言ったら、やはり今はまだ嘘になる。
でも、自分がこだわり続けたら誰も幸せにはならない。
自分自身もいつまでも抜け出せないトンネルにいるみたいだ。
だったら、一度気持ちをリセットするつもりで、この友人にすべてを託そう。
大好きだったあの子の未来も、気持ちも・・
それが自分が一太にできる唯一のことに違いないから。
ともだちにシェアしよう!