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春の始まりに ⑥

残された遠見と一太は横に並ぶように座り直した。 二人ともジッと下を見つめている。 しばし沈黙が続いたが、それを破ったのは遠見だった。 「梓、俺の話、聞いてくれる?」 「・・うん・・・」 一太は顔を上げると遠見を見て答えた。 「梓、好きだよ、今もずっと・・」 遠見がそう言うと同時に春の風がサァっと流れる。 少しだけ花をつけた桜の木々が優しく揺れた。 一太はフワフワと浮かんだ前髪を指で押さえながら遠見の瞳を見つめた。 その瞳はキラキラとした太陽の光で輝いている。 一太は小さな声でソッと答えた。 「・・うん・・・俺も、遠見が好き」 遠見はその声を聞いて一太の手を優しく握った。 そして少しだけ微笑みを浮かべて言った。 「付き合って・・くれますか?」 一太の掌に重なった遠見の手は小さく震えている。 緊張してるんだ・・ それをなるべく悟られないように、穏やかな表情を浮かべているのが遠見らしい・・ 一太は遠見の小さな緊張を肌で感じて、胸が締めつけられるようだった。 今まであまり表に出さないようにしていた、遠見への想いが胸に広がっていく。 一太はグッと背を伸ばし、遠見の唇に優しくキスをした。 そしてソッと自分の唇を離して言った。 「・・うん、今までありがとう」 そう言って一太は微笑んだ。 「この一年、遠見と普通の友達でいるの、ちょっと辛かったよ。でも、遠見が俺のこと支えてくれようとしてるの伝わってきたから・・どんな形でも遠見と一緒にいようって思った」 「俺・・また無茶なことや自分勝手なことをして、これ以上梓に幻滅されたくなかったから・・友達ならこんな時どんな言葉をかけるかなとか、どんな行動をとるかなって考えながら過ごしてた。梓にとって良い友人でいようって思ってた」 遠見は一太からキスされて照れているのか、少し頬を赤くしながら一太から視線をそらして話した。 「遠見はちゃんと良い友達だったよ?」 一太はそんな遠見の顔を覗きこんで笑って言う。 「でも、やっぱり梓の一番の友人て言うと東には敵わないよ。東には俺に言えないような愚痴も言ってるでしょ?」 遠見は少し拗ねた様な口調で返した。 「そりゃあね、付き合い長いから。今更カッコつける相手でもないしさ」 一太は笑いながら先ほど東が歩いて行った方角を見た。 「やっぱり敵わないなぁ、東には。俺も良い友達頑張ったんだけどなぁ・・」 遠見は緊張が溶けたのか、戯けてみせる。 「はは!何それ!」 そんな遠見を見て一太は声を上げて笑った。 しかしフゥと小さく息を吐くと、再度遠見の瞳をジッと見つめる。 そして真剣な眼差しで言った。 「でも俺・・やっぱり物足りなかったよ。自分で言っておいて、ちょっと後悔したりなんかもした。遠見にもっと近ずきたくてしかたなかった。もうずっと、遠見には友達以上の感情を持ってるんだから」 「梓・・・」 遠見はギュッと一太を抱き締めた。 「俺だって・・そうだったよ」 一太は遠見の腕の中でスッと遠見の香りを吸い込んだ。 「うん・・ これからはずっとよろしく・・」 隣にいたのに遠くに感じていた場所が戻ってきた。 一太は遠見の温もりを感じながら、胸に灯った感情を噛み締めた。 それからバタバタと引っ越しの準備に追われ、あっという間に出発の日になった。 この町を離れることは寂しいが、それでも不安は全くない。 遠見がいてくれる。 もう大丈夫・・ 遠見を信じられる。 「じゃぁ、行ってきます」 一太はそう言うと、勢いよく玄関を開けて外へ出た。 遠見が待つ駅へ向かう。 一太の鞄には片割れのペンギンのキーホルダーが揺れていた。

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