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第2話

 店を出ると、いつも通り白のベンツが横付けされていた。貴遠は、店の支配人がボーイを引き連れ見送るのを一瞥し、ベンツに乗り込んだ。  運転手は、何も言わず、貴遠が乗り込むのを待ち、ドアを閉めエンジンを点けた。  静かに動き出した車窓を眺め、貴遠は時計を見た。針は12時を少し回ったところだった。  歓楽街を後にするにはまだ少し早い。そんなことを考えていた。  ふと、信号に停まった時だった。  赤いフードを被った細身の姿が目に入った。  派手にダメージの入った黒いジーンズに、深紅のパーカーからは黒い髪が零れるように流れている。ポケットに差し入れられた手首には、鋲打ちされたブレスレットと、重厚な銀の鎖が鈍く光っていた。  男か、女か。高いシルエットは細く、そのどちらにも見えた。 「停めてくれ」  貴遠は、咄嗟に運転手に告げていた。運転手は、貴遠の視線の先を把握した様に、何も言わず、ベンツをその紅いフードを被った人物脇に寄せた。  ベンツを横付けされた人物は、驚くこともなく、静かに振り返ると、後部座席に座ったこちらを見ているようだった。  顔を隠す様にかけた黒縁の眼鏡の見た瞬間、貴遠は確信していた。  こいつが、先ほどのボンテージであると。  静かに窓を開けると、貴遠は訝し気な視線を送るその人物に向かって言い放った。 「…乗れ」  紅いフードの人物は、断ることも、嫌がることもなく、運転手の開けたドアを潜り貴遠の隣に乗り込んだ。  その細身の体からは、仄かなシャンプーの香りと、付けたてだろうムスクの香りがした。  走り出したベンツの中、沈黙が流れた。  動揺した気配もなく、フードを被ったままのその人物は頬杖をついていた。 「…驚いたな」  貴遠は、静かに口を開いた。 「男だったとは…」  言いざま、貴遠はかけていたその黒縁の眼鏡を静かに奪うように外させた。  眼鏡の下から現れたのは、美しい陶器の人形を思わせる端正な顔の男だった。まだ、若い。二十歳そこそこか、未成年か。  完成された様に整ったその顔立ちにはまだ幼さが漂っていた。  長い睫毛に縁どられた双眸は、貴遠を静かに見つめ返していた。濡れたような白目と、鋭い黒目のコントラストに、先ほどのショーで感じた鋭利なナイフのような視線を思い出していた。 「あんたこそ、いい身分でこんな奴をクルマに乗せてよかったのか?」  自嘲気味に、紅いフードの青年は貴遠に問いかけた。貴遠は、小さく笑うと、その顎を掴む。 「構わない。この俺を見下すその目を、もっとそばで見たいと思ったまでだ」

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