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第5話

 トントン、と机を叩く音がした。  二時限の昼休み、本を読んでいた間藤亮は、顔を上げる。そこには、こちらを見下ろしてクラスメイトの加瀬礼が前座席の椅子の背もたれに腰かけていた。  ダメージの入った細身のジーンズに、鋲打ちのベルト。長い黒髪を一つに縛り黒縁の眼鏡、黒のパーカー姿の加瀬は、色合いこそは地味なものの、そこに佇むだけで目を引いた。  妙に派手に見える男だった。 「なに?加瀬くん」  亮は、本を閉じることもなく、また、すぐに本へと目を戻していた。 「昼休み、『お勉強』付き合って」  加瀬は静かに亮に告げた。ちらりと亮が見上げれば、真顔のまま僅かに顔を傾げて、見下ろしていた。 「いいよ。だけど、もう試験の追い上げだから、『それ』は午後までかかるね」 「…了解」  加瀬はうっすらと笑みを浮かべて唇をわずかに舐めた。 「シェイクスピアの棚ね」  それだけ告げると、加瀬は自分の机に戻っていく。同時に、チャイムが鳴った。  『お勉強』の予約が入るには、少し時間が早いなと亮は思った。  丁度、午後は退屈な授業の予定だった。それに、加瀬との関係をもっと明確なものにしたいと思っていた矢先だったから、約束をつける手間も省けた。  加瀬を見ると、いつものように頬杖をついて退屈そうに授業を受けていた。  イージーモード。  加瀬を見るといつもそんな言葉が浮かぶ。通っている高校を選んだ理由も、私服・髪型自由だったから、と興味なさげに言っていた。必死になって受験戦争を潜って来るものが殆どのこの進学校で、加瀬はある意味浮いていた。  噂によれば、加瀬の実家は相当な資産を持つ家柄で、いくつもの大企業を片手で転がす大ボスが加瀬の父親らしい。加瀬は自分のことをあまり話そうとしないし、こちらもあまり踏み込んだりしない関係であるから、実際どうでもよかった。  ただ一つ、進学先の大学を聞ければそれでよかった。それは、いまだに叶っていなかった。  三時限目も、四時限目も、加瀬はたまに欠伸をし、教師に呼ばれてはすらすらと模範的な回答をしていた。  亮は、スマホを取り出すと、メッセージを入れた。  約束の時は近い。  加瀬とより良好な関係になるために。これは重要な取引だった。

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