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第9話 11ヶ月前

 哀川の婚約者の存在を知った時、片桐は激しい嫉妬と深い悲しみに陥った。  互いの家やホテルへ入っていく姿を写真に残すたびに、片桐はもうこんな馬鹿げた真似は止めようと何度も思った。しかし片桐は自らの自制心とは裏腹に、哀川を追い回す行為が止まらず、自分でも歯止めが利かなかった。  そんな折、片桐のメールボックスにいかにも怪しい電子メールが届いた。  件名【第二の人生をAIとして生きてみませんか?】  片桐は本文を開かずに削除したが、同じようなメールが一日に何度も送られてくるため、さすがに気味悪かったが、若干の好奇心が勝り、試しに一度本文を読んでみることにした。 【貴方の大切な人――その魂をAIに宿し、第二の人生を送ってもらうことに興味がありますか?】  以下、詳細や関連サイトのURLが綴られ、署名として世界的にも有名なAI技術に特化した某企業の日本支社の住所と担当者名で締められていた。  何もかもが怪しいが、片桐は何かに憑かれたかのようにその企業を調べ、SNSで同じようにメールが届いた人が他にもいないかどうか検索した。  一見すると迷惑メールのように思われるためガセだと罵る声が大多数だったが、中には数件真偽は不問としても気になる書きこみがあった。 「貴方の大切な人……」  PCのモニター画面を虚ろな目で見ながら、片桐は独り言ちた。 「俺の、大切な人…………」  哀川だ。哀川しかいない。  片桐は再度企業のホームページを開き、この計画に関する概要を事細かに熟読した。必要なものは、ほとんど揃っていた。故人のDNA、声紋がわかるもの、音声サンプル、性格や特徴、口調がわかるもの。  オプションによっては故人に外見を似せたアンドロイドにAIを内蔵することや、個人の姿をホログラムにして投影するサービスも選択できたが、片桐の稼ぎでは一番ランクの低い、故人の声をAIをスピーカーなどに内蔵する方法しか選べなかった。  給油ステーションの給料だけではなく貯金を下ろして全財産を手放したとしても、すぐに手に入る代物ではない。  何より問題なのが、当の哀川は故人ではない。しかし片桐には哀川の生死よりもさらに重要な一文に目を引かれた。 【納品初期のAIは赤ん坊のようなものです。様々な知識や思い出の共有、会話を通して、貴方の大切な人の第二の人生を、豊かで実りあるものにしましょう】

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