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「取り込み中だったか、悪いな。鍵開いてたから入ってきちまったけど」
大和がその場で立ち上がり、俺は脱がされかけていたジーンズを慌てて上げた。
「白鷹くん、何の用? 出来れば今すぐ帰ってもらいたいんすけど」
「お前らが痴話喧嘩してると思ったから、様子見に来てやったんじゃねえか」
敵意剥き出しの狂犬の目で、大和が白鷹の前に顔を突き出した。二人の鋭い視線が至近距離でぶつかり合い、その火花のせいで今にも俺の心臓は弾け飛んでしまいそうになる。
「誰のせいでこうなったと思ってんの?」
「少なくとも、俺だけのせいじゃねえよな。むしろ俺は、お前らの足りない部分を埋めてやろうと思ってわざわざ来てやったんだぜ」
「いい加減なこと言うな」
吐き捨てるように言って、大和が白鷹の肩を押した。
「帰れよ。あんたがいると、何もかもが悪い方に転がってく」
「つれねえな、大和。昔は俺にぞっこんだったくせに」
「あんたのそういうところが嫌いで別れたんだよ」
俺はよろめきながら立ち上がり、二人の間に割って入った。
「大和、取り敢えず落ち着けって……。白鷹さんも……頼むから、今日の所は俺達を放っておいてください」
大和が俺の体を押しやり、白鷹を睨んだままで言う。
「下がってろ政迩。自分の男寝取られて落ち着けるほど、俺は出来た人間じゃねえんだよ」
「せっかくチカが気遣ってんのに、自分のプライドが一番大事ってことか。相変わらずお前はガキ丸出しだな」
「なんだと、てめえ……」
今にも殴り合いの喧嘩が始まってしまいそうだ。それだけは避けなければと、俺は大和の腕を引いて何とか白鷹から離れさせようとした。大和と白鷹を仲違いさせたくない。それは今後の仕事がし辛くなるからではなく、単純に俺は二人が喧嘩をするところを見たくないのだ。
何だかんだと文句を言っても大和は白鷹を尊敬しているし、白鷹も仕事の面で大和を買っているからこそ、一店舗の店長を任せてくれた。元恋人という過去を乗り越えて築いた二人の関係が、こんなことで崩壊してしまうのは我慢ならなかった。
「大和っ……」
しかし俺がいくら力を込めて腕を引いても、大和の体はほんの少しも動かない。
「チカのこと無視してんなよ。必死になっちゃって、可哀想だろ」
「………」
「お前がマジでチカの気持ちを無視するっていうなら、言っとくけど俺はこれからもチカに手ぇ出し続けるぞ」
大和が顎をしゃくり、冷ややかな笑みを浮かべる。
「だから何だ? 誓ってもいいけど、何をしようと政迩は、あんたのことを好いたりなんかしねえよ」
「そうか?」
「そうだろ」
「絶対か」
「当然」
俺を挟んで、再び火花を散らす大和と白鷹。
「随分と自信があるんだな」
「そりゃ、俺は政迩の男だから」
そんな二人を見ているうちに、俺は妙なことに気付いた。二人の間に流れる空気が変化しているのだ。ついさっきまでの険悪なそれとは打って変わって、今は互いにこの状況を楽しんでいるかのような、形容しがたい異様な空気になっている。
ふいに、白鷹が俺を見て言った。
「ところでお前はどっちがいい? 俺と大和、ついて行くとしたら」
「な、何言って……」
「まぁ大和よりも俺の方が、財力もテクニックも上だし。当然、俺だよな」
〝そんなわけがあるか〟――言おうとした俺の口が、大和の手によって塞がれる。
「そんなわけねえに決まってんじゃん。政迩はあんたみたいな無神経な男が一番嫌いなんだよ。間違ってもあんたになんかついて行かねえって」
「無神経はどっちだって話だな。普通は経済力のある方について行くだろ」
「政迩は金で男を選ぶような奴じゃねえ」
「ふうん。そんじゃ、チカ本人に決めてもらうか?」
「結果は見えてるだろ。別にいいけど」
大和と白鷹が睨み合いながら、何やら勝手に話をまとめている。二人の顔に浮かぶ微かな笑み。何だか嫌な予感がした。
「ふ、二人共……とにかく一旦、落ち着けってば。ここじゃアレだし、部屋入って冷静に話し合――う、わっ!」
突然、俺の足が床から宙に浮いた。
「大和っ……?」
俺の体を横抱きにした大和が、動揺する俺の耳元、白鷹には聞こえないように小さな声で囁く。
「安心しろ、政迩」
「な、何が安心しろだ。ていうか、靴っ……」
「俺、死んでもお前のこと誰にも渡さねえから」
「え……」
この状況にも拘わらず、たったその一言で俺の頬は驚くほど熱くなった。
「心配するな」
「で、でも」
大和に抱きかかえられた状態で、土足のまま部屋へ運ばれて行く。その背後から白鷹も付いて来ていて、目が合った瞬間ニコリと微笑まれた。
「良かったな、チカ。前に俺が言った『大和と3P』って、どうやら実現しそうだぞ」
「はっ……?」
「3Pっていうより、あんたは+αって感じだけどな」
事も無げに大和がそう言って、俺はぎょっとした。
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