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今夜も一人ソファに座って、コンビニの弁当を食べながら大和の帰りを待つ。一人で食べる夕飯は不味くて、ちっとも箸が進まない。
大和の手料理が食べたかった。カレーライスやパスタが無性に食べたかった。
それだけじゃない。
一緒にテレビを見て笑いたかった。映画を見ながら眠りこけてしまいたかった。換気扇の下で煙草を吸いながらじゃれ合いたかった。大和の横でただ黙って絵を描きたかったし、構ってくれと大和にちょっかい出されたかった。
静寂の部屋。俺は大和がいなければ、自分一人じゃ何も出来ないのだと気付かされる。
「………」
時計の針を見つめるうちに眠気に見舞われ、うつらうつらしていると、ふいに玄関の方で物音がした。
「……大和」
咄嗟にソファを降りてリビングを出る。予想した通り、玄関に立っていたのは大和だった。
「ただいま、チカ。今日も起きて待っててくれたのか? ごめんな……」
「大和っ……!」
駆け寄り、裸足のまま沓脱ぎに下りて大和の首に両腕を絡める。バランスを崩した大和の背中が背後のドアにぶつかって、大和の口から「ぐうっ」と奇妙な音が洩れた。
「ど、どうしたんだよ。チカ、寂しかったのか?」
俺の頭を撫でて大和が苦笑する。俺は何も言わず大和の胸に顔を埋め、唇を強く噛んで涙を堪えた。
「とりあえず、部屋上がらねえと。ここじゃ何もできねえだろ?」
つい先日、この場所で俺を押し倒したくせに。「今」しか見ることができない大和は、過去の終わったことなんてすぐに忘れてしまうんだ。
渋々大和を解放し、リビングへ移動する。ソファに座るなり大和が覆い被さってきて、俺は思わずそのキスを両手で拒否した。
「チカ?」
「……ここじゃ嫌だ」
「ああ、そっか。そうだよな」
何てことないように言って、大和が俺の腕を引く。
「じゃあベッドでするか。明日はチカも俺も遅番だし、今日は張り切って三回くらいヤってやる」
正直言ってそんな気分ではない。だけどここで断ったら、大和がまた少し俺から離れてしまいそうで、怖かった。
「あ、ぁ……」
触れられる感触も、抱きしめられる温もりも、いつもと同じはずだ。それなのにどうして、俺はそれを疑ってしまうんだろう。
「大和……、俺っ……」
「ん。どうした?」
シャツの中を弄られながら、俺は切れ切れに訴えた。
「俺、もう……我慢できそうにない……」
「え? 早過ぎるだろ、まだ脱いでもねえのに」
「俺、最近……仕事するのが辛くなってきてる……」
大和がシャツから手を抜き、俺の顔を覗き込む。
「こないだのことか?」
「………」
俺は弱々しく左右に首を振り、大和の目を見ずに呟いた。
「分かんねえんだ。だって先月の半ばまで、俺達はずっと順調だっただろ。なのに白鷹さんが出てきてから、少しずつ回りが変化し始めて……」
そうなのだ。先月のバレンタインまで、俺達は何の問題もなく過ごしていた。喧嘩したって翌日にはまた元通りだった。俺は大和が好きで、大和も俺を好きでいてくれて。二人で毎日をゆっくりと、じゃれ合いながら過ごしてきた。
本当に、何の問題もなかったのだ。
大和と付き合って四年間――その千日以上の愛おしい日々が、たった一人の男の出現で、こんなにもあっさりと狂ってしまうなんて。
「チカ、何も心配要らねえよ」
「大和……?」
「もう白鷹くんがチカに手ぇ出すことは二度とねえ。安心していい」
「………」
俺が不安なのは、そんなことじゃないのに。
「だからもう、何の心配もしなくていい……」
「あっ、あ……大和……」
頬を伝う涙と同じように、俺のこの気持ちも溢れさせてしまえたら。
素直になれない自分を殴ってやりたい。どうして俺はこんなにも、自分の気持ちから目を背けるようになってしまったんだろう。
もう一度、始めからやり直したい。先月のバレンタインから。大和とGヘブンで働き出した頃から。大和と出会う四年前、いや……それよりもっと前。
勉強よりもスポーツよりも、本当はずっとやりたいことがあるのだと、どうしても両親に言えなかった幼い頃――。
俺の人生。もう一度、何もかもをやり直したい。
翌日。
閉店時間の十五分前になって、白鷹がモップを持った俺に近付いてきた。
「マサチカ。悪いけどお前、これからGヘルの方行ってくれねえか。レジ閉めできる人間が体調崩して、早退しちまったんだわ」
「え……」
店頭ラックをしまっていた大和が俺達に顔を向けて言う。
「何すかそれ、白鷹くんGヘルの店長なんだから、自分でやればいいじゃないですか」
「今日も早く店閉めて、お前とミーティングしねえとだからな」
「………」
俺はモップを元の場所に戻し、上着と荷物を持って店を出た。
「悪りいな。レジ閉めたらそのまま直帰してくれて構わねえから」
「いえ」
「チカ、一人で平気か? 何かあったらすぐ連絡しろよ」
「……平気。大和、お疲れ」
アパートと反対方向の道を進み、白鷹の本来のテリトリーである「グラヴィティ・ヘル」を目指す。名前の通り、おどろおどろしい店だ。ドクロやクモの巣、ゾンビや血糊の付いたチェーンソーが飾ってあって、何だかその場に居るだけで白鷹に生気を吸い取られている気分になる。
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