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公園を出た俺は足早にアパートを目指し、階段を上がりながら部屋の鍵をポケットから取り出した。
十一時半。
だいぶ公園で時間を潰したが、恐らく大和はまだ帰って来ていないだろう。
が――。
「よう、お帰り」
「えっ……?」
一瞬、目を疑った。アパートの外階段を上がり切ったところに、どういうわけか白鷹がいたのだ。ドアにもたれて座り込み、ビールの空き缶を灰皿代わりにして、眠そうな目で俺を見上げている。
「な、なんで……大和は?」
「大和は、部屋ん中で爆睡中。俺は入れてもらえなかった。酷くねえか」
「ここで何してるんですか」
「チカを待ってた」
「………」
手招きされ、俺は黙って白鷹の方へ近付いて行った。
「まあ、座れよ」
「汚れるから嫌です」
「じゃ、俺が立つわ」
よろよろと立ち上がる白鷹の顔は、暗がりでも分かるほど赤くなっている。地面に転がる空き缶の数から、相当酔っているらしいことは一目瞭然だ。
「人んちの前で、なんでそんなに飲んでるんですか」
「素面じゃ言えねえこともあるんだよ。察しろよ」
癖の強い黒髪を掻き毟りながら、白鷹が俺を見て小さく笑う。
「大和から聞いた。お前、色々と悩んでるって?」
「………」
「悩むのは良いことだ。で、答えは出たのか?」
俺は強く頷き、言った。
「俺はこれからも大和の夢を支えます。何があっても、この気持ちは変わりません」
「へえ。偉いモンだな」
「ついでに――」
「うん?」
煙草を咥えた白鷹の口元へ、点火したライターを近付ける。
「ついでに、白鷹さんにも感謝します」
「自分をレイプした男に感謝できんのか」
はん、と鼻で嗤って、白鷹が煙を吐き出した。
「できます。それがあって俺は、この先も大和に付いて行くって決心できたんですから」
「うん? よく分かんねえな……。じゃあ俺に抱かれて良かったってことか?」
「良かったですよ」
俺は飛び切りの笑顔を浮かべ、言った。
「セックスは白鷹さんより、大和の方が上手いってことも分かったし」
「………」
一瞬唖然となった白鷹の顔に、やがて弱々しい笑みが浮かんだ。両手をあげてお手上げのポーズを取った白鷹が、「負けたわ」と溜息をつく。
「お前にそんなこと言われると思ってなかった。ムカつくから、帰る」
「大丈夫ですか? うち、泊まってけば――」
「これからデートの約束してんの。こんなんじゃ運転できねえよ、ったく……」
散らかした空き缶をそのままに、文句を言いながら白鷹が俺の横を通り過ぎて行く。俺はその背中を振り返り、数瞬迷ってから言った。
「白鷹さん」
「うん?」
「大和との夢、本当に俺に託してもらっていいんですか」
「………」
こちらを振り返らずに、白鷹が言う。
「何の話か分かんねえよ。俺は今の仕事に満足してっから、わざわざ危ねえ橋渡るつもりなんかねえけど」
「Gヘルのスタッフに聞いたんです。本当は俺よりも前からずっと……白鷹さんが大和と店を持ちたいって、言ってたって……」
「スタッフの話なんか大抵は盛ってるんだからよ、真に受ける方がアホだぜ」
「でも」
振り向いた白鷹は、今まで見たことのないほど優しい笑みを浮かべていた。
「俺と大和は終わったんだ。これからは、まだ終わってねえお前らが頑張るべきだと思うけど?」
「………」
「そうか。友哉が出勤してるの、すっかり忘れてた。あいつマジ口軽くてムカつく。お前を行かせるんじゃなかったわ……」
頭をかいて項垂れる白鷹に、俺はどうしても聞いておきたかった質問をぶつけた。
「白鷹さんは……何の理由があって、大和と別れたんですか」
「そんなの決まってるだろ。俺の浮気しかねえじゃん」
当然のように言われて、思わず噴き出してしまった。白鷹も自分の発言に呆れて笑っている。
「愛人と恋人は別物っていう、俺のポリシーを理解してくれなかったんだな、大和は。男に生まれたからには、一人でも多く抱きたいだろ? って、ネコのチカちゃんに言っても分かんねえか」
「まぁ、……分かんないです。俺は一人で充分なんで」
「それもまた一つの考え。言ったからには、大和を大事にしろよ。……それから、大和のアホに伝えといてくれ。お前が今まで俺に返してた金は、手付かずで保管してあるってな」
「え……」
「金なんかより誠意を見せろって。そう言っとけよ」
「………」
「……そんじゃもう行くわ。待たせるとうるせえガキが待ってるからさ」
再び踵を返した白鷹に、俺は深く頭を下げて言った。
「ありがとうございました」
「よせよ。感謝されることなんてした覚えはねえ」
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