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 本当にありがとう。遠ざかって行く白鷹の背中にもう一度呟き、俺はビールの空き缶を拾ってから部屋のドアノブを回した。  久し振りに気持ちが晴れた。いつのまにか、あれほど続いていた頭痛も消えている。  ――後は、全てを大和に打ち明けるだけだ。 「ただいま……」  リビングには明かりが点いている。ソファの下で寝ている大和の姿が目に入り、俺は頬を弛ませた。 「大和」  声をかけても起きないところを見ると、相当疲れているか、酔っているかのどちらかだ。俺はソファの上であぐらをかき、大和を見下ろしながら大きく深呼吸した。 「ごめんな」  呟き、そして、ゆっくりと思いを言葉にする。 「……俺、今までずっと自分のことばっか考えてて。大和と白鷹さんのこと、何も分かろうとしてなかった。どうして俺ばっかりこんな目に遭うんだって、なんで大和は、白鷹さんのことに関しては俺に何も言ってくれないんだって」  すらすらと言葉が出てくるのは、大和が聞いていないからだ。 「気付いてなかっただろ。俺……大和と白鷹さんに嫉妬してたんだよ。初めは二人の絆の深さを単に微笑ましく思ってた。だけど二人が過去に付き合ってたって知って、段々……俺じゃ白鷹さんに敵わないんだって、思うようになって……」  零れる涙を拭わないのも、大和が見ていないからだ。 「俺なんかより、……白鷹さんの方が、大和に合ってるんじゃないかって……」  言っているうちに止まらなくなってきて、俺は嗚咽を漏らしながら最後の言葉を口にした。 「俺はずっと大和を支えるし、今回のことがあってその覚悟もできた。だけどもし大和に少しでも、白鷹さんを選びたいって気持ちがあるなら……俺、それでもいいから。大和が幸せになれるなら、俺――」 「ちょ、さすがに……! チカ、ストップ!」 「えっ? ……わっ!」  突然、俺の足元で寝ていた大和が飛び起きた。俺は驚いてソファの背もたれにしがみつき、呆気にとられて大和を見つめた。 「や、大和っ……?」  大和が頭をかいて、申し訳なさそうな上目遣いで俺を見つめる。 「い、いつから……起きてた」 「悪い。チカの率直な気持ち、本当はもっと聞いてたかったんだけど……さすがに最後のは訂正させなきゃと思ってな」 「………」 「お前、ずっとそんな風に思ってたのか? 自分じゃ白鷹くんに勝てないかもって? だから最近ずっと、様子がおかしかったのか?」  未だ心臓を高鳴らせながらも弱々しく頷くと、大和が「ああ」と項垂れて首を振った。 「何がどうなって、そんな考えに至るんだよ」 「だって仕事でもプライベートでも、俺より白鷹さんの方がずっとハイスペックだし。どう考えたって、俺なんかより……」 「馬鹿だな」  そう言って、大和が俺の隣に腰を下ろす。 「スペックなんて関係ねえよ。俺にとってはお前こそがパーフェクトなんだ。この前三人でのいざこざがあった時、俺言っただろ。『政迩は経済力で男を選ぶ奴じゃねえ』って。俺だってそうだ。俺はいつだってチカのことしか見てねえし、他に好きな奴がいてそれが出来るほど、器用な男じゃねえ。それはお前も分かってるだろ」 「………」 「何をそんなに弱気になってんだ? チカらしくねえ」 「だって俺は、……」  大和に肩を抱き寄せられ、俺はその腕の中で打ち明けた。……今まで一度も言ったことのない、俺の胸の奥の奥にある気持ちを。 「俺は、大和ばっかり大変なことさせて、……全然知ろうとしてなかったから。店のことだって、大和は普段から全力で頑張ってて、白鷹さんは資金とかコネとかが大量にあって、俺だけ何もしてねえんだもん。俺が体張れば、大和が店持ちたいっていう夢も、白鷹さんが協力してくれるって聞いて、それで……」 「それって、白鷹くんに言われたんだろ。だから白鷹くんとヤッたんだ?」 「だって金も能力もない俺が、大和のために出来ることって言ったら、それしかっ……」 「アホか」  心底呆れたように言われて、俺はそれ以上何も言えず黙り込んだ。  そんな俺を宥めるように、大和が優しく背中を擦る。 「アホチカ。俺がお前にそんなことさせてまで、自分達の店持ちたいなんて言うと思ってたのか?」 「……思わなかった。だけど俺、どうしても大和の役に立ちたかったんだ。俺はいつも大和に守られてばかりで、自分じゃ何もしてねえし……。俺は大和と同じ男だから……対等でいたかったんだ。白鷹さんが言ってた、俺は大和のお姫様なんだって。俺はそんなの嫌なんだ。大事に扱われるだけなんて、対等とは言えねえだろ」 「そうか? 俺はチカをお姫様と思ったことは一度もねえけど。対等と思ってねえなら、そもそもこんな休みの無いキツい仕事なんかさせねえよ。ずっと俺の部屋に閉じ込めて、人形みたいに着飾らせて贅沢三昧させておく」 「………」 「チカは俺の大事な男。大事な恋人で、俺のパートナーだ。……ごめんな、ずっと悩ませて」  握られた手をそっと引き寄せられ、俺は素直に目を閉じた。優しく重なった唇には、互いに色々な想いが込められている。  俺は大和が好きで仕方ない。今更ながら、それを再確認した。 「大和、俺もごめん……。簡単に大和以外の男に抱かれて」 「ん。……俺もごめん、白鷹くんと付き合ってたこと隠してて。初めから俺が何もかもチカに言ってれば、余計な心配かけずに済んだのにな」 「いいんだ」 「……そ、それから。こないだのことも、ごめん……。俺熱くなっちゃって、チカのこと考えずに、白鷹くんと一緒になってあんなことしちまって……ずっと謝ろうと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて……」  でもな、と付け加えて、照れ臭そうに大和が続けた。 「俺なりに考えて、あれで白鷹くんに示したつもりだったんだ。俺達の間に他人が入る隙なんかないし、どんな邪魔が入ろうと俺達の絆は壊れないってさ」 「そうなのか……?」 「翌日、白鷹くんが言ってた。あれだけ目の前で見せつけられたら、もう萎えたって」 「………」 「ていうかよく考えたら、勝手に引っかき回しといて『萎えた』って何だよって感じだよな。あの人マジで、俺達のことからかって面白がってたんだぜ。明日会ったら絶対文句言ってやる。白鷹くんにもしっかり謝らせるからな」  俺は大和の胸に顔を埋めながら、小さく首を横に振った。 「違う。白鷹さんは、わざと事態を悪くさせて俺達を試してたんだ。俺達が本当にちゃんとやっていけるのか、二人で問題と向き合って、乗り越えられるか……。俺達ある意味、今までぬるま湯に浸かってたようなモンじゃん。仕事もそうだし、プライベートでも」 「………」 「今回のことがあったから、俺は大和と真剣に将来を歩みたいって思えるようになった。誰にも大和を渡したくないって気持ちになったし、……大和のことが好きで仕方ないって、……こんな当たり前のことに、今さら気付いたんだ」 「チカ……」 「もう大和が俺を何て呼んでも構わない。だって俺達、二度とすれ違ったりしねえもん。ずっと大和と一緒にいる。……何があっても、離れたくねえ」  今までにないほど強く大和を抱きしめ、俺は何度もその胸に額や頬を押し付けた。まるで見えない力によって大和に引き付けられているみたいだった。 「絶対離れねえ。この先もずっと、死ぬまで大和と一緒にいる」 「政迩」  俺の頭を軽く叩きながら、大和が言う。 「そういう告白をするのは、俺の役目だろ」 「……そんなことねえ」 「だってお前にそういうこと言われると、気持ちに歯止めが効かなくなる。また怒られるかもしんねえけど、……お前のこと滅茶苦茶にしたくなる」  俺は小さく笑って、その耳元に囁いた。 「やれよ」 「………」  強く唇を塞がれる。俺は上から覆い被さってくる大和をきつく抱きしめ、夢中で舌を絡ませた。  大和とまたこんなふうにキスができるのが嬉しかった。  もう、絶対に離れない。俺と大和の間には、一ミリの隙間だってできない。  俺達は互いの引力に惹かれるみたいに、強く、強く抱き合った。

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