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第6話
大学を卒業、就職し、それから三年がすぎた頃、城島は結婚した。
その頃にはお互い忙しく、高校時代の友人を交えて年に数回会うか会わないかぐらいになっていた。
城島は槙野にも結婚式の招待状を送ってきた。
槙野は出席した。
「こいつ、高校からの親友で槙野。オマエの一個前の同棲相手」
槙野から見れば似合わないタキシードを着た城島は、笑顔でそう嫁になる女に紹介した。
あれは城島の中では既になかった事なのだ。
その日、二人暮らしたアパートの部屋で槙野は泣いた。
そして数日後、アパートを出た。
それからの槙野の日々は心に波風の立つことのない、ある意味平和な、そして単調な日々だった。
仕事をし、たまに適当な遊び相手を探し楽しむ。
そして思った。
なんだ。城島なんていなくても大丈夫だ。
なんてことはない。
三年がすぎた頃、城島から突然電話がかかってきた。
『城島』
『城島』
『城島』
画面に表示される『城島』の文字をしばらくぼうっと槙野は見つめた。
見つめているうちに目の奥であのガス切れライターをこすった時の小さな火花が散ったように思った。
長いこと呼び出し音を聞いてから槙野は通話ボタンを押した。
「もしもし。オレ。城島」
「ああ」
槙野の口からかすれた声が出た。
「久しぶり。元気にしてるか?」
「ああ」
「結婚式以来だな。オマエ誘っても来ないし。田口が付き合いが悪いってグチってたぞ」
「ああ」
「まあ、元気ならいいんだ」
「うん」
城島の声だった。
城島の声だ。
少し大きくて明るくて、耳に心地よくて温かい。
そう。まるでお日様みたいな温かい声だ。
「あのな、オレ、子供ができたんだ。いやまあ勿論オレの腹にできたんじゃなくて嫁の腹にだけど」
そう冗談めかして言う城島の声はテレくさそうだった。
「そうか」
「オレもお父さんだわ」
「うん」
「一応オマエには報告しておこうと思って」
「ああ」
城島に子供……。
城島は家族に恵まれていない。
きっとメチャクチャ可愛がるんだろうな。
そんな事を頭の端でふわりと思う。
「……」
「槙野、オマエさ」
「ん?」
「普通はおめでとうとか、言うんじゃないの?」
「ああ。おめでとう」
「クク。オウム返しって。フッ……オマエらしいな」
城島の微笑む顔が見えるようだった。
ああ、そうだ。
こんな風に城島は笑うんだった。
どうやって電話を切ったのかも覚えていない。
気がつけば槙野は、城島と二人暮らしていたアパートの前に立っていた。
六年ぶりに訪れたアパートには建て壊しの看板がかかっていた。
そうか。このアパートもこの夏が終われば無くなってしまうのか。
『オレもお父さんだわ』
『槙野』
『フッ…オマエらしいな』
三年ぶりの城島の声が頭の中で何度もリプレイされる。
引き戻される。
城島が結婚した三年前に。
城島と暮らしていた六年前に。
城島と出会った高校生のあの頃に。
ダメだ。早くここから立ち去らないと。
たまらなく酒が飲みたかった。
目についたコンビニに飛びこんだ。
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