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第8話
「オマエがあの時、帰ってこなけりゃ、オレはオマエのそばで友達として笑ってられたのに。オマエがあんなことさえしなけりゃ、結婚しても子供ができたって聞いてもただおめでとうって言ってやれたのに。なんで……」
ただの八つ当たりだとはわかっていたが、槙野は言わずにはいられなかった。
何度も何度も考えた。
あの日、あの日のあの事さえなければオレはこんなにもとらわれることはなかったのではないか、と。
「あの時はオマエが愛しくてたまらなかった。こんなオレのことを全身で思ってくれてるオマエが。気がついたらああしてた。でもそれは……刹那の夢だ」
「……」
「ごめん。でも、オマエがオレの親友であることに変わりはない。頼む槙野。許してくれ」
「できないよ城島。オレを殺してくれ。じゃなきゃ、嫌ってくれ蔑んでくれ。俺に唾を吐きかけて、自分の前に顔を見せるなと言ってくれ。オレとの思い出はすべて記憶から消すと言ってくれ」
「槙野、オレにそんなことできるわけないだろう。頼む槙野、そんなこと言わないでくれ。頼むよ」
城島は息を吐いた。
「わかった。じゃあ、オマエの嫁を生まれるはずの赤ん坊ごと殺す。これならいいだろ。オレのこと嫌いになるだろ。憎むだろ、殺したくなるだろ」
「オマエにそんなことできないよ」
「できるさ」
「やれるもんならやってみろよ。オマエにはできない。できないよ」
城島は槙野の目を正面から真っ直ぐ見つめた。
意思のある顔。
オレの事をオレより疑わない顔。
オレの暗くて醜い部分を見てもなお、そらさない顔。
そらせない。そらせない。そらせない。
槙野はへたへたとしゃがみこむと城島の足にすがりついた。
「頼むよ城島。オレを開放してくれ。気が狂いそうなんだ。全部捨てた。大事だと思ってるものもすべて。でも、オマエへの思いだけは捨てられない。それしかないんだよ。オレには…」
城島は動かなかった。
どのくらいの時が過ぎたのだろう。
「わかった。開放、しねえ」
城島はキッパリした声で言った。
槙野は顔を上げた。
城島が槙野の両手首をギュッとつかんだ。
「オマエはオレを、オレだけを一生ずっと好きでいろ。オレのために生きろ。それをオレが、見ててやる」
城島の目が見開いた。
「なんてこと言うんだよ。それじゃあオレ、一生救われない」
「できないだろ。できねえよな」
城島は槙野のシャツの襟をつかんで顔をグッと近づけた。
「一生オレだけ好きでいるなんてできるわけがない。オマエはオレが好きなんじゃなくてオレのことを好きなオマエ自身が好きなんだよ。自分でそうやって暗示をかけてるだけだ」
「違う」
「そうだよ」
「違う」
「そうだって」
「違う!」
「だったら、証明しろ。死ぬまでオレを好きでいろ。もしできたら、来世なんてもんがあるんなら、そん時は同性だろうがなんだろが一緒になってやるよ」
城島は言い放った。
ーー槙野は絶句した。
城島の言葉のあまりの突拍子もなさに。
「…来世って……気が遠くなるわ」
槙野のカラダから力が抜けた。
城島が手を離し槙野の顔を見つめた。
「オレのこと好きなんだろ。だったらそんくらいしてみせろよ」
自分でも自分の口から出た言葉に驚いたのか城島はテレくさそうな顔になった。
「城島、オマエほんとにドSな」
「槙野こそ超ドMだろ」
「ったく…」
槙野は城島を見つめた。
城島はイタズラを仕掛ける子供のような顔をして微笑んだ。
これが城島だった。
愛しいと思えば男でも躊躇なく抱く、でも付き合えないとわかれば距離を置き、それでも切ることはしない。
同棲するから出ていくと言い、結婚するから式に出席しろといい、子どもができたと真正面から報告する。
ヒドイ奴。ヒドイ男。
でもそれが槙野の好きな城島だった。
ーー結局、ホレた者が負けなのだ。
槙野は腹をくくった。
「わかった。超ドMの底力見せてやる」
「おお、見せろ見せろ」
悔しいからちょっとからかってやろうと槙野は思った。
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