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第9話
「城島、一つだけオレの願いを叶えてくれ」
「なんだよ一つだけって、女みたいに」
「きいてくれるか」
「なんだよ」
「キスしてくれ。一回だけ」
城島が固まった。
「……やだよ。オッサン同士でおかしいだろ」
「ケチ」
「ケチって。それ違うから」
「オレが一生オマエのこと好きでいるって言ってんのにキスの一つもしてくれないのか」
「はあ?なんだそれ、オレが頼んだわけじゃ…」
槙野はニヤリと笑った。
「そうだ。オマエが言ったんだ。ずっと好きでいろって」
「…ズリぃ」
「はやく」
「え~?」
「はやくしろよ」
槙野は目を閉じて唇を突き出した。
「う~。カワイクね~」
困ってる。このぐらいでいいだろう。
「冗談だよバカ」と槙野が目を開けようとしたら、ふわりと唇が温かくなった。
え?
城島の唇だった。
少し荒れてガサガサしている。
口を軽く開けると舌が入ってきた。
城島の舌。
ザラリとしてタバコの味がした。
昔吸っていたあの甘いタバコの味ではなかった。
城島の唇。城島の舌。
城島の…想い。
激しく舌を絡めあった。
槙野の心臓が震えた。
槙野にとって永遠にも一瞬にも思える時が過ぎた。
唇を離すと息が上がった。
「大サービス。酒臭いぞオマエ。これでいいだろ。一回だけだからな」
「……おう」
「あれ?オマエ赤くなってんの。カーワイイ~」
「城島オマエっ……まあでも。ありがとう」
「おう。つうかオマエ、口の中甘い。なんだ?」
「え?タバコ」
「あ?オマエまだそれ吸ってんの?オレらが吸ってたやつ」
テーブルの上に置いてあるタバコのパッケージをとって城島が言う。
「タール15ミリなんて強すぎる」
「え?オマエこれ好きだったじゃん」
「今は1ミリだよ。ほれ」
城島はズボンのポケットからタバコを取り出してみせた。
「カラダに悪いしな」
「1ミリ吸うなら紙を丸めて吸えって言ってなかったか」
「若い時はな。まあでも子供も生まれるし、禁煙しろって言われてんだけどな嫁に。タバコ代もバカにならないし」
「……すっかり所帯じみたなあ」
「なんだ。がっかりしたか。それでも大好きなんだよな」
「ああ」
「即答って…」
城島は参ったなとでもいうように頬をポリポリとかいた。
「なんでオレみたいなのがいいんだろうねえ」
「ホントにな」
「オマエが言うなよ。あっ、切れてるわ。それくれよ」
「いいのか15ミリで」
「たまにはいいだろ」
シュボッ。
点ったライターの火に城島と槙野、タバコを咥えて顔を近づける。
吐き出した煙が宙に漂う。
ベランダに並んで立ち城島と槙野はタバコを吸った。
「ウマイな。懐かしい。唇甘ぇ」
「どれ?」
槙野は城島の唇をペロリと舐めた。
「槙野、てめえ、調子にのんなよ。嫁の前でやったら殺す」
「はいはい。嫁の前じゃなきゃいいんだ」
「いや。基本カラダの接触はダメ」
「はいはい」
「はいは一回だこら」
「はい。わかりましたっ」
「小憎たらしい顔」
「ハハッ」
槙野は笑った。
「このアパートも取り壊しか」
「うん」
「終わるな~青春」
「そうかな。オレは誰かさんのせいで死ぬまで青春だけどな」
「!…だな。じゃあオレも青春だな」
「おう」
「おう」
城島と槙野、二人笑った。
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