8 / 86

オーランドルフ家の家庭の事情

 オーランドルフ家の使用人の数は少ない。家のサイズの割に住み込みで働いているのは俺とハインツ、あとは執事のミレニアさんだけなのだと聞いて驚いた。あとの使用人は全員通いで、あの広大な庭の手入れは庭師がやっているのかと思いきや、時折業者が入る程度で日々の手入れはハインツ達で手分けをしてやっているのだそうだ。だから家がだだっ広いだけに使用人の仕事はとても多かった。  とはいえ、住んでいる人間が少ないという事は、この屋敷で使っている部屋自体も少ないので、普段使っていない部屋は時折手入れをする程度、これでも家のサイズを思えば仕事は少ない方なのだと思う。  この家の主はライザックとその母親であるハロルド様、皆は奥様と呼んでいるが勿論男である。奥様は少しお身体が弱いらしく部屋からめったに出てこない。ちらりと垣間見た感じでは線の細い人だという印象だけど、使用人に興味などない様子のハロルド様は俺に話しかける事もない。むしろ認識すらされてないのかもな。 「ハロルド様もご主人様も本当だったらもっと上流貴族の暮らしをしていてもおかしくない身分なんだけど、ここだけの話、ハロルド様はオーランドルフの本家から追い出された人間なんだよ」  ハインツが声を潜めるように教えてくれた話。オーランドルフ家というのは国が民主化する前までこの国を治めていた由緒正しき王家の血筋なんだそうだ。けれど時代は変わり王政は廃止され、それに伴い王族達も庶民として暮らすようになった。  けれどそこはそれ元王家な訳だし、ある程度の地位も名誉もあるのだけれど本家からどんどん分家が生まれて、今となってはオーランドルフを名乗る人間は相当数に上るらしい。そんな中でハロルド様は本家の第一子として生まれはしたのだが、元来病弱な事もあり厄介者扱いで分家に嫁に出されたのだそうだ。  厄介払いとはいえ本家の人間を嫁に貰ったのだ、そんな嫁を無碍にも出来ず最初の頃はハロルド様も大事にされていたそうなのだが、ライザックが産まれた頃には辛気臭い妻に嫌気がさしたのか主人は妾を作り出て行ってしまったのだそうだ。 「僕もその頃の事は知らないんだけどさ、その頃からハロルド様はすっかり病んでしまわれたんだって」 「……病む? ずっと病気を患ってるって事?」 「うんにゃ、体の病気ってよりは心の方。心の支えはご主人様だけで、いずれお前は本家に返り咲く身だって過度な期待をご主人様に抱いている。本家は本家でもうハロルド様のご兄弟、そしてその子息が継いでるからどうにもならないんだけど、ハロルド様は聞く耳を持たないんだよ。ご主人様は奥様の話を笑って聞き流してるけどきついんじゃないかなって思うんだよねぇ……」  そうなんだ、結構呑気な面してるのに苦労して育ってんだな、ライザック。 「ハインツ、余計な話はしなくていい。口より手を動かしなさい」  俺とハインツは2人でたくさんある窓を水拭きと乾拭きで掃除していたのだが、そこにかかった声。振り返ればそこにはこの家の執事ミレニアさんが立っていた。相変わらずピン! と立った耳、そしてもっふり尻尾、もふりたい……めっちゃもふりたい。 「ミレニアさん、俺達サボってないですよ。それにこれはこの家の基本情報じゃないですか」 「長く仕えるならともかく、まだ腰かけの人間に教える必要はない」  ミレニアさんがちらりとこちらを横目に見やる。あれ? なんか俺、嫌われてる? 「腰かけって、でも……」 「話はライザック様から聞いてはいるが、正直私はご主人様の考えには賛同しかねる。そもそもこんなどこの馬の骨とも分からぬような者を……」 「あは、ミレニアさんはそんな感じなんだ? いつもご主人様には絶対服従なのに珍しい」 「黙りなさい、ハインツ。そんな話はもういい、さっさと全部拭いてしまいなさい!」  それだけ言うとミレニアさんは、俺を睨み付けるようにして行ってしまった。いかん、俺の第六感が囁いてる、これは絶対嫌われてる。 「俺、なんかミレニアさんに嫌われるような事したっけ?」 「カズがご主人様と仲が良いから気に入らないんだと思うよ。ミレニアさん、ご主人様の事大好きだから」 「!? そうなんだ!? もしかして恋人とか!?」 「いや、それはない」  何故かハインツが少し苦笑いで断言した。それにしてもライザックの奴、隅に置けないな、あんな美人に惚れられてるとか羨ましいにも程がある。しかもあの尻尾、恋人になったら絶対もふり放題だろ? 羨ましいことこの上ない。

ともだちにシェアしよう!