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来訪者①

 オーランドルフ家に仕えるようになって数週間が経ち、俺がようやく生活に慣れて来た頃その客人は嵐のようにやってきた。「頼もう!」だなんてまるで道場破りにでも来たような大声で玄関から声がするものだから大慌てで俺達がそちらへ向かうと、そこに立っていたのはそれはもう大きな熊だった。 「熊!?」 「熊だな……」  俺とハインツが玄関に到達するより早く、先にミレニアさんが客人の相手をしており俺達は邪魔にならないよう、ついでに指示があればすぐに動ける位置に並んで立つ。それにしても今日は来客の予定など聞いていないかったのに、一体どういう(ゲスト)なのだろう? 「まさか本当に来るとは思いませんでしたよ……」 「仕方がないな、お前はいつまで待っても我が国に帰ってこないのだから」 「帰るつもりはないと何度も文を送ったでしょう? あなたならば他に幾らでも……」  そこまで言いかけた所でミレニアさんは俺達の存在に気付いたのか、こほんとひとつ咳ばらいをして「こちら獣人国ズーランドの大臣のご子息バートラム・ベアード様です」と俺達に彼を紹介してくれた。 「他人行儀だなミレニー」 「ベアード様! その名で呼ぶのはやめてください!」 「だったら俺の事もちゃんと名で呼べ、家の名で呼ばれるのは好きじゃない」 「バートラム様、あなたは変わりませんね」 「様はいらない、お前は俺の友であり妻なのだから」  妻……妻!? あれ? もしかしてこの熊、ミレニアさんの婚約者!? 「私はあなたの妻になる気はないと何度も言ったはずですよ」 「俺の方も諦める気はないと何度も言ったな」  両者全く譲る気のなさそうな2人は仲が良くも悪くも見えて、俺とハインツは口も挟めず黙ってそこに立っていたのだが、ふいにミレニアさんが俺の腕を引き、ぐいと抱き寄せられてしまった俺は彼の腕の中にぽすんと収まってしまう。 「私はあなたの妻にはならない、私の妻はこの子です」  はい!? 「そいつは?」  胡乱な瞳の大きな熊に睨まれる。いやいや、ちょっと待って、ミレニアさんは俺の事が大嫌いなはずですよね!? これは新手の虐めですか!? 「今はここオーランドルフ家の使用人として働いていますが、そう遠くない未来、妻に迎え子を産んでもらおうと考えています」 「ちょ……ミレニアさん?」  俺が戸惑い顔で彼の顔を見上げると、黙っていろと言わんばかりに肩を強く掴まれたので、俺は何も言えずに黙り込む。ここで下手な事を口走れば更にミレニアさんとの関係が悪化する、と聡い俺はちゃんと察した。  バートラム様はぎりりとこちらを睨み付け、今にも怒りに任せて俺に喰いつきそうな憤りを感じる。けれど、そうなったらきっとミレニアさんが助けてくれるはず……助けてくれるよね? 仮にも「妻に」とか言ったその口で俺を差し出したりしないよね?

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