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お義母さん
「分かった、ハロルド! 婚活しよう!」
お義父さんが拳を握って立ち上がる。瞬間場の空気が固まった。ってか、この人一体何を言いだしたの? びっくり眼なのはハロルド様も同じで「は? 婚活?」と戸惑いの声をあげた。
「ハロルドは元の素材はいいんだし、絶対引く手あまただよ!」
「な、ちょっと待て!」
「待たない。こういうのは決めたら即行動だよ、決心が鈍るからね」
「私はまだやるとは一言も言ってない! それにお前は何故いつもそう行動が唐突なんだ!?」
「お金も時間も有限だもの、できる事はできる時にやらなけりゃ! 子供が巣立った今、始めるなら絶好のチャンスだよ! ハロルドさっそく出掛けよう、まずはその20年も前から変わらないスタイルを変える所からだ」
お義父さんがハロルド様の両手を掴んで顔を寄せる。そんなお義父さんに、押され気味のハロルド様は「私は服は質の良い物を長く着るべきだと思う」と抵抗を試みるが、そのまま立ち上がらされ、くるりと回されお義父さんにその背中を押された。
「あの、父上?」
「なに? ライザック?」
「話し合いが中途半端なままなのですが……」
「君達もう帰るんじゃなかったの?」
「それはまぁ」とライザックは複雑な表情だ。
「後の事は僕に任せておきなよ、悪いようにはしないし僕はもう逃げないって決めたんだ。手続きは進めてもらって構わない。今までよく頑張ったね、ライザック、ありがとう」
「おい、アルフレッド! 勝手に話を纏めるな!! 私はまだ何も認めると言ってないし、婚活なんて絶対しないぞ!」
「ハロルド、よく聞いて、君に残された選択肢は思っているほど多くはないんだ。君はその残された選択肢の中から最善を選ばなければ、老後は一人寂しい孤独死だよ?」
「つっ……」
その辺はもしかしたら理解しているのかもしれないハロルド様が言葉を詰まらせる。
「寒風が吹きこむあばら家で暖も取れずに餓死したくなかったら、お嫁ちゃんの事も認めてあげてよ」
「そ、それとこれの何処に因果関係があるって言うんだ!?」
「ハロルドさぁ、今、親子断絶の危機に瀕してる状況だって分かってる? ライザックは優しい子だけど、親と可愛い妻子を天秤にかけたらどっちを選ぶかなんて分かるだろう? 自分のやる事に文句しか言わない親なんて見限られて終わりだよ? ハロルド自身だって、この家に無理やり君を嫁がせた君の両親の事は嫌いだったろ?」
「……っ」
「だからさ、自分の居場所は自分で作ろう? 僕はそのお手伝いに手間暇を惜しむつもりはないよ」
さぁさぁと急き立てるようにお義父さんがハロルド様の背を押して、部屋を出ていこうとするので俺は慌てて「あのっ!」と二人に声をかけた。
俺がこの家に来たのはもちろんハロルド様にシズク を見せる為でもあったのだけど、俺は彼に絶対言わなきゃと思っていた事があったのだ。
「お義母さんって、呼んでもいいですか!?」
お義父さんの動きが止まって「それはハロルドの事だよね?」と念を押された。俺はおずおずとこくりと頷く。
ハロルド様は相変らず俺の事は使用人扱いだけど、俺もその待遇に甘んじていたわけで、だったら自分の方から一歩踏み込むのもありなのかな、と俺はそう思ってここへ来たのだ。
ライザックにも言われていた、アルフレッドさんの事は『お義父さん』と呼ぶのに、ハロルド様は『ハロルド様』のまま、それはそのまま俺達の距離で、お義母さんは歩み寄る気持ちなんて全然ないのかもしれないけれど、それでも俺はハロルド様を『お義母さん』と呼びたかったのだ。
「カズ、もうそんな風に母上を呼ぶ必要は……」
「俺が呼びたいんだよ、ライザック」
俺のその言葉に「あはは、ハロルド、君よりお嫁ちゃんの方が余程大人だね」とお義父さんが笑うと、ハロルド様……お義母さんは顔を真っ赤にしてまたこちらを睨み付けた。
やはりダメか、まぁそれでもこれからはそう呼ぶつもりでいたのだけど、易々許可はくれないよね……なんて思っていたら、真っ赤に染まった顔のままお義母さんは「もう好きにしたら!」と吐き捨てた。
「え、いいんですか?」
「ダメと言っても、もう誰も私の言う事など聞きやしないのだろう!」
それは半分やけくそ気味なお義母さんの諦めだったのかもしれないけれど、それだけ言うとお義母さんは、もうお義父さんに背を押される事もなく自発的に部屋を出ていった。
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