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第2話
音もなく、いつの間にかルベリア達の真上に姿を現したのは、年中穏やかな気候が続く《ア・スティル》の空のような青い羽毛に覆われ、まるでエメラルドの如く濃い緑色瞳の瞳をした鳥だった。
大きさは、少年であるルベリアよりも一回り小さい。鳴き声などは出さずに、ただひたすら、主人でもあり、はたまた幼き頃かずっと過ごしてきたルベリアをジッと見下ろしている。
ア・スティルの王族達は皆、【聖鳥】と呼ばれる鳥を側に従えている。とはいえ、ただ単に【聖鳥】は主である王族の者達へと仕えている訳ではない。
ア・スティルへと生を受けた瞬間――つまりは生まれながらにして、臍の尾と繋がっているのだ。その後、専門の術師によって臍の尾から切り離された【聖鳥】はずっと主人と共に暮らしていく。
明確な家族というわけではないにも関わらず、ア・スティルの王族(王子)が生まれた瞬間から寝食を共にしている存在__。その目的は、主人でもあり、またはパートナーともいえる【ア・スティルの王族】が無事に生を全うして安全な国を築き上げていくためだった。
そして、はるか昔から【数いる王族】の中でも、Ω種の王族(王子)のみが真実の愛を築ける者と出会うと、【聖鳥】は特別に力のある【極聖鳥】へと脱皮し、国に富をもたらし国民の未来は安泰だと代々から信仰され続けているのだ。
そのため、ア・スティルでは他の二国とは違ってΩ種を差別したり、あからさまに酷い目にあわせたりする者は王族、国民ともに存在しない。
しかしながら、ずっと共に過ごしてきたルベリアだからこそ、己の【聖鳥(名はナンダという)】が激しい怒りを抱いていることに気付いた。それに、気付いたのはナンダの嘴が普段は黄色いのに僅かながらに赤みを帯びていたからだ。
そして、今まで一度も己に対してナンダが怒ったことがないと分かりきっているルベリアは、とても焦ってしまう。
何故ならば、ナンダが怒りを向けている相手は一人しかいないからだ。もしも、ナンダが怒りを爆発させ《キャンベル伯爵》を怒らせでもすれば、その後は必ず両親から説教され最悪の場合は「お前は特別なΩ種なのに何をやっているんだ」と心の底から呆れられる。
ルベリアは、それが恐ろしくて恐ろしくて堪らなかった。
『特別なΩ種なのだから、キャンベル伯爵とうまくやりなさい。そうすれば、お前は特別な力を得られる……』
『そうよ、お父様の言う通り――キャンベル伯爵が貴方を気にいって下さるというのなら、貴方は必ず幸せになれるのだから……頑張りなさいね……いいこと、これは貴方のためなのよ?』
ついさっき、口を酸っぱくして言われた言葉が呪いのようにルベリアを離してはくれない。
「……うっ……な、何だ……この鳥は__!?ああ、もしや――これがその聖鳥とやらなのですかな?どれ、これからはワシがもう一人の主人となるのだ……仲直りしようではないか?」
「ナンダ____キャンベル伯爵のご挨拶を……受け入れて?ね、いいこだから……お願い……っ__」
その思いが、合図だとばかりに唐突にナンダが《キャンベル伯爵》の背中を二本脚で蹴り上げた。気配も、鳴き声もほとんどなかったため聖鳥の存在にすら気付いていなかった男は驚きと少しばかり怒りの混じった表情を浮かべながら背後へと振り返り、そのままナンダに向かって手を差し延べようとするのだった。
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