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第5話
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予想していた通り、セレドナはルベリアを迎えに来てはくれず、そのまま無為に時だけが過ぎていった。
既に、窓の外には四つ月が浮かんでいて、その周囲の空も赤紫色の雲に覆われている。【ア・スティル】では夜に近づいてくると《赤、緑、黄色、青》の丸い形の小さな月がそれぞれを取り囲むようにしながら、大きな円状になって夕闇の空にぽっかりと浮かぶのだ。
【ア・スティル】以外の二国では考えられないことだそうで、この現象を眺めるためだけにわざわざ来訪する者もいるくらいだ。
しかし、それは年中雪が降り続けて凍えるような寒さから逃れられない状態だとはいえ、比較的国民と王族の関係が穏やかな【イ・ピルマ】に限ってのこと____。
年中、黒い太陽が照りつけ乾燥地帯であり、満足に食べ物さえ収穫できない飢餓のせいで疑心暗鬼に満ちていて戦の絶えない【ウ・リガ】では有り得ないことなのだ。
(そういえば……キャンベル伯爵も――イ・ピルマから来られたのだっけ___せめて、彼には丁寧に謝罪しなくては。あんな態度をとってしまったなんて――彼に対してあまりにも失礼だよ……)
そうしないと、また父から説教されてしまう___と思ったと同時に、先日のことがより強く己の頭の中に浮かんだため自己嫌悪から再び気が滅入ってしまう。
はあ、――と深いため息をつくと傍らにいるナンダが自らの頭をルベリアの頬へと擦りつけてきて慈愛の行為をしてきたため、今度は優しいキスをナンダの嘴へと返す。
「キ、キュルルー……」
僅かばかり嬉しそうな鳴き声をあげたナンダは両翼でルベリアの体を包み込む形で、ギュッと抱き締めてきた。
「ち、ちょっ……ちょっと__ナンダ……くすぐったいよ……って___うわあっ……!?」
自らの【聖鳥】によって、ドサッ――とベッドに押し倒されたルベリアは何だか変な気分になってしまいドキドキと胸を高鳴らせてしまった。
「キュイ……ルルルゥ……」
ナンダの嘴の黄色味が僅かながらに強くなっていることに気付いたルベリアは頬を赤く染めた。何故なら、それは__求愛行動を示しているからだ。
急に、ナンダが片翼でルベリアの真っ赤に染まった頬を執拗に撫でたことにより、それを確信してしまう。しかしながら、ルベリアにはそんな気などこれっぽっちもなかった。
というよりは、ナンダに対してそんな気を起こしてはいけないような気がしたのだ。
「だめ……っ……だめだよ!!ナンダ……キャンベル伯爵の真似しようなんて……思っちゃだめ……っ……!!」
拒絶され、ナンダは不満そうな鳴き声をあげたものの、それ以上は深入りすることはなくルベリアからオズオズと退いていった。
その直後のことだ____。
部屋の扉を、誰かから外側からノックされたのは____。
しかしながら、どことなく遠慮がちなそのノックはセレドナのものでも__ましてや、家族によるものでもないと分かったルベリアはホッと安堵すると乱れかけた服を整えてから身を起こして扉の方へと向かって行くのだった。
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