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第7話

だけど、ナンダが父の手料理を全て平らげてしまったからとはいえ、ルベリアは怒ったりはしなかった。 確かにお腹は空かしていて何か口にしたかったけれど、それしきのことで__ずっと共に過ごしてきた相棒を怒るほどルベリアの心は狭くない。 そこで、ルベリアはベッドの横の四つ足のサイドテーブルの上の置時計へと目をやった。チク、タクと音をあげながら存在するその時計はルベリアが五歳の誕生日だった時に誰かから贈られたものだ。けれど、その誰かがルベリアにはどうしても思い出せなかった。 機械色のカラクリ時計で、特定の時刻になると四回だけ時計の下の部分から人形が出てくるようになっている。その人形は、異国では天使と悪魔というらしい。贈ってくれた人物が、そう教えてくれた。 一番目は、緑豊かに囲まれた地で幸せそうに笑みを浮かべる天使の姿___。 二番目は、緑豊かな地を焼かれ悲しみに嘆く天使を嘲笑う悪魔の姿___。 三番目は、辺り一面真っ白で何もない地を涙ながらにさ迷う天使の姿___。 四番目は、怒りと悲しみにくれた天使が大切なものを奪った悪魔を退治する姿___。 それぞれの場面に合わせたオルゴールの音を奏でるのも、この置時計の凄いところでルベリアは部屋の中にある豪華な家具の中でも、これが一番のお気に入りなのだ。 その時計は、夕方の五時半を示していた。 シャッ____と厚手のカーテンを開くと赤紫色の分厚い雲に覆われた空が目に入ってきた。 今日は朝から天気が悪かったため残念ながら目の保養ともなる四つ月は出ていない。 (そろそろ……夕飯の時刻だ__あ、でも今宵は父様の公務があるからと、いつもより早めに夕飯にするとジルガが言っていた気がする。でも、その時刻から一時間も経っているから__もう間に合わないか……) 今日は、もう何も口に出来ないな__とルベリアは覚悟したものの、とりあえずは薄暗い部屋から出て気分転換するために扉へと向かって歩いて行く。 すると、別れる前にジルガからコソッと囁かれた言葉を、ふいに思い出したのだった。 * 『セレドナ様からの伝言です……ルベリア様に大事な話があるとのことで__今宵の六時に庭園の噴水で待っていると……他には誰もいないから安心してとのことです……では、お伝えしましたからね?』 そう囁きかけた時に、ジルガから漂ってくる濃厚な甘い香りがルベリアの鼻を刺激してきた。 その甘い香りが心地よくて、ルベリアは兄であるセレドナとだけでなく、暇がとれた時にはジルガとも、よく布団の中でじゃれあっていたのを思い出す。 甘いひとときの記憶を抱きながら、ルベリアは名残惜しそうにジルガと別れたのだった。 * もうすぐで、兄のセレドナから伝えられた約束の時刻となってしまう。 (セレドナ兄様が僕に話したいたいことって何だろうか……しかも、二人きりだなんて……) 疑問に思ったまま扉を開けた後に、ルベリアの目に飛び込んできたのは床に置かれた盆だった。それには、父が手作りしナンダが平らげて しまった料理とは別のものが並べられている。 肉類があまりなく、野菜中心の栄養を考えられたようなものだったため、おそらくルベリアを心配した召し使いの誰かがわざわざ持ってきてくれたのだろう、と思って心の中で感謝した。 そして、一度__部屋の中へと戻る。 さっき、ルベリアが食べる筈だった料理を平らげてお腹がいっぱいだったからか、新たなる料理にナンダが興味を示すことはなく、『クルル……ギュルル……』と寝息をたてつつ眠ってしまっていた。 セレドナとの逢瀬には、まだ少し余裕があったためルベリアは差出人不明とはいえ栄養をきちんと考えて作られた料理をよく味わって食べるのだった。 目には、自然と涙が浮かんでいた。 抗えきれない空腹を満ちたことに対しての喜びによるものか、それともこんな自分にも優しさを向けてくれる者に対しての喜びによるものなのかは分からなかったが。 *

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