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第8話
*
その後 、ルベリアはセレドナとの逢瀬を無下にする訳にはいかないと、白い寝巻きから正装に着替えてから部屋を後にした。
そして、小走りに赤と白――そしてその二つが混じりあった桃色の薔薇が咲き誇る中庭へと急いで向かった。
しかしながら、ジルガに聞いたところによるとセレドナは中庭の噴水の前で待っているとのことだったのに、兄はそこにはいなかったのだ。
(セレドナ兄様……僕に話があるって――ジルガから聞いてたのに、いったい何処にいらっしゃるのだろう……)
どんどんと水が涌き出てくる大理石の噴水前で座りながら、少しばかり待ってみたものの、セレドナが来る気配は未だにない。
だからといって、純粋で素直なジルガが嘘をついているとも思えない。
いや、そう思えないというよりも、立場的には召し使いとはいえ年も近く友のように過ごしてきたジルガが、そんな嘘をつくなんて思いたくもなかったのだ。
(もしかしたら、あそこにいらっしゃるのかも……っ……)
どうしたものか、と思い悩み一度は城へと戻ろうと身を翻したルベリアだったけれど、ふとセレドナがいそうな場所の心当たりを思い出すと城へと戻ろうと踏み出しかけた足を止めた。
そして、急いで心当たりがある場所へと駆けて行くのだった。
*
「やっぱり――ここにいらっしゃったのですね……セレドナ兄様。一度、城へと戻ってしまうところでした。相変わらず、昔のようにお茶目なのですね。それにしても、ここに来たのは随分と久しぶりで何だかホッとします」
「ルベリア……あなたなら、絶対にここに来てくれると__私は信じてました。それにしても、確かにここで我々兄弟が逢瀬をするのは久しぶりです……これで、ルリアナも共にいれば良かったかもしれないね」
ルベリアが、あれから迷いなく来た場所____。
それは、中庭の噴水がある場所__つまりは正門側から正反対の裏側に建てられているガゼボだった。
そのガゼボは、八角形をしていて、光沢のある白い石で造られている。普段はあまりこだわりを見せない母が祖国の有名な建築士に造らせたと聞いたことがあった。
念入りなことに、雨風を凌ぐための青いガラスの屋根が備え付けられていて、そこから見える夜空がまた極上の景色となるのだ。
このガゼボからは、真正面に海が見える____。
空は赤紫に染まり、そのためか赤く見える海は穏やかな波に揺られている。遠くの方には、豪華な装飾が施された小型船が見える。
おそらく、【ア・スティル】の観光をしにきた【イ・ピルマ】の人々が乗っているに違いない。
しかし、眼前に広がる夕方の光景を目の当たりにしつつもルベリアの心はここにあらずだった。
その理由は、ついさっきセレドナの口から放たれた、ある一言のせいだった。
『ルリアナも一緒にいたら良かったかもしれないね』__という、あの一言。
ルベリアはそれを聞いた途端に、いつも偉そうに説教し、それだけでなく普段から己を見下すような態度をとるルリアナの顔を思い出して、ムッとしながら黙り込んでしまう。
「セレドナ兄様、ルリアナ兄様のことは――ともかくとして僕に何の話があるというのです?わざわざ、二人きりで話したいと仰ったのは……何か大切なお話があるからなのでしょう?」
「それは……っ____」
何故かは分からないけれど、僅かながらとはいえ怒りを露にして低い声でルベリアが尋ねた途端に今度はセレドナが黙り込んでしまった。
暫しの間、辺りに沈黙が流れる____。
聞こえるのは、穏やかに揺らぐ波の音だけだった。
「実は……ルベリア___君は……」
「おい、こんな所で何をしているんだ?しかも、こんな薄暗い時間帯に無防備に城の外に出るなんて……お前らは揃いも揃って考えなしなのか!?」
ふと、セレドナが言いかけたところでルベリアが予想だにしていなかった人物__第二王子のルリアナが姿を現したのだった。
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