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第9話
正直に言って、ルベリアにとって、今一番会いたくない相手が不機嫌な表情を隠しきれず其処に立っている。
まだ、父や母が来た方がマシだったかもしれない。眉間に皺を寄せつつ、力強い橙色の瞳を此方へと真っ直ぐに向けてくるルリアナは、血の繋がった兄弟といえども、やはり苦手な存在だ。
その時、ふいに強い風が吹き――案外と几帳面にセットされていたルリアナの栗色の髪が僅かに乱れた。
普段は、こんなにも几帳面に身なりを整えているルリアナではない。
それなのに、何故だろうかと細やかな疑問を抱いたルベリアだったが、とてもじゃないけれど面と向かって本人へと気軽に尋ねる勇気はなく、その代わりに弱々しい目をチラリと向けることしかできない。
「ルリアナ兄様__こそ……此処に何をしにいらしたのですか?」
(僕のことなど……普段ろくに気にもかけてくださらず__わずわらしいと思っているくせに……っ……)
思わず、よけいな言葉まで言いそうになったけれども何とか堪えきって安堵する。そんなことを言おうものなら、ルリアナは烈火の如く怒りをあらわにして普段にも増して尚更、僕を非難するからだ。
ただでさえ、常日頃__《弱虫》だの《男らしくない臆病者》だのと言われているのに。
「ボク……ボクノ……コト、ナンテ――ナンテ……キニ、カケテ……クダサラズ……クダサライ……ッ……ボク、ボク……ヲ__ジャマ……ダト……オモッテイル……クセ二……ルリアナ……ニガテ……ッ……」
ふと、何処からかひときわよく響く大きな声が聞こえてきた。
それに気付いた途端、ギクッとしたが時既に遅い。ルリアナの【聖鳥】__ダレダが此方へと目線を向けながらルベリアが心の中に留めた言葉を繰り返し喋る。
「___ダレダ、もういい。もう充分だ……この弱虫の心の言葉を聞けたのだから、もう黙れ」
「…………」
ルリアナが命令した途端、ダレダはピタリと口を閉ざす。しかしながら、夜闇にまみれた漆黒の【聖鳥】はアメジストのような濃紫の目をルベリアの方から離そうとはしない。
もう、一刻も早く此処にいたくなかった。
セレドナが己へと何を言おうとしたのかは分からないままだった。
しかし、それでも此処に居続けたくはなかったのだ。冷たい兄であるルリアナと、心を読み取る能力がある【聖鳥】ダレダの乱入のせいで____。
「セレドナ兄様……ごめんなさい。僕、もう城に……」
戻ります__と言おうと思ったけれども険しい顔をしたルリアナが、そうはさせてくれなかった。
グイッ____とルリアナがルベリアの腕を掴んで、身を翻して城へと戻ろうとしていたのを半ば強引に制止させたせいだ。
「ルベリア、そうやって……お前はまた自分が嫌だと感じたことから向き合おうともせず、あわよくばのらりくらりと逃げようとしているのか?お前、いつになったら……その悪癖を治すんだ?俺が、どれだけ……っ____」
と、何かを言おうとしていたルリアナだったが今まで沈黙を貫いていたセレドナが起こしたある行動のせいで互いに目線を彼の方へと向けた。
「申し訳ないね、ルリアナ――それは、すべて私のせいなんだよ……」
「セレドナ兄様……あなたは、何を言っているのだ?こいつが何事からも逃げようとするのと、あなたとは何の関係もないではないか……そうやって、あなたがこの弱虫を甘やかすから……」
「そうさ___だから私のせいだ、と言っているんだよ。ルリアナ、この子も……苦しんで、苦しんで__どうしたらいいのか分からないんだよ。この子には後で私から言っておく。だから、もうその話はおしまいだ!!そうだ、ルベリア……お母様がお前を呼んでいたんだ。それを伝えようと、お前をここに呼んで伝えようとしたのだったよ。さあ、早く城へお戻り……ね?」
そうして、ルベリアは二人の兄を置き去りにしたまま城へと戻り、セレドナから言われたとおり母のいる《白宝玉の間》へと向かって歩いていくのだった。
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