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第10話
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「母上――僕にお話があるとセレドナ兄様からお聞き致しました。お邪魔してもよろしいですか?」
ルベリアは母が待っているであろう寝所の扉をコン、コンと遠慮がちに二三回叩いた。
緊張のせいで、何度か扉の前をぐるぐると行ったり来たりしていたため、少しばかり時間がたってしまった。
それでも、父やルリアナよりかは幾分と話しやすいと思い直したルベリアは深呼吸をして落ち着きを取り戻してから母の返事を待った。
血の繋がりのある相手だというのに、幼い頃から緊張してばかりだ。声も震えてしまっている。そのことを母に悟られていないかどうか、とても気がかりだった。
何故なら、「母である私に対して素直に話せないの?血の繋がった家族なのにどうして?あなたがΩだから気をつかっているせいなのかしら?」____と、幼い頃から何度もかけられていた言葉を母の口から聞きたくなかったからだ。
それに、悲しそうに涙ぐむ母の顔も見たくはなかった。
「どうぞ……お入りなさい」
だからこそ、泣き声ではなく普段通りの優しい母の声を聞いて安堵した。その後、ルベリアは先程よりかは幾分か気持ちが楽になりつつ僅かながらとはいえ気を引き締めて部屋へと入るのだった。
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「ルベリア……あなたが私の部屋に来るなんて――初めてのことね。そちらの椅子にかけてちょうだい。今、異国から取り寄せた香茶を用意させるわ……ちょっと、ジルガ――夜分に悪いのだけれどイ・ピルマ特産の《ノルディア・ス・ティ》を煎じてきてちょうだいな」
パン、パンと母が手を叩くのを、すぐ横から見ていたルベリアは分厚いカーテンで仕切られた給仕部屋からジルガがヒョコッと出て来たのに気付いた。
男である父や兄――それにルベリア自身と違って力の劣る母の部屋には、いつでも使用人や警護人が待機出来るようにと専用の《給仕部屋》が備え付けられていて、使用人は交代制で夜間の見守りをしている。
今日はジルガと、もう一人の使用人のソナ(男)が母の部屋の見守りの番なのだ。
二人いる使用人のうち、ジルガへ「茶を持ってきて」と命令したのは、おそらく己とジルガが仲がよいと知っている母の気遣いなのだろう――とルベリアは思った。
すると、少ししてから何故かカーテンの奥からソナが出てくる。
そして、母の方へ顔を向けて「リルマ様___茶っ葉を切らしているらしく……ジルガが食材庫から取ってきていますので少々お待ち下さいませ」と淡々と告げた。
ソマという使用人は、主でもあり王妃でもあるルベリアの母が「分かったわ……戻って」というまで、暫しの間、呆然と立ち尽くしていた。
むしろ、呆然というよりかはルベリアの方へと目線を向けて立ち尽くしていたのだ。
どことなく、嫌な視線を感じるルベリアはすぐさまソマという男から目線を逸らした。キャンベル伯爵に対してでさえ、感じることのなかった不快感を抱いたせいだ。
「ジルガは___まだかしらね。私、使用人の中ではあの子を一番信頼しているの。だって、あなたと兄弟のように過ごしてきた子ですもの――それに、あの子を見ているとね無性に守ってあげなくちゃっていう気になるのよ。あなたと同じだわ。ルベリア、私はね……あなたが心配なのよ」
「母上……でも、僕は__ルリアナ兄様に嫌われてしまっているようです。あ、それはそうと母上……結局、大事なお話とは何のことでしょうか?」
ここにきて、ガチャッ――と扉が開く。
ジルガが食材庫から戻ってきたのだ。
ハア、ハアと息を荒げて、肩を上下させているその様子から察するに余程急いできたのだろう。しかしながら、顔はとても晴れ晴れとしている。昔から、ジルガは父や母に命令されると他の使用人よりも我先にと競うようにして職務を全うしていた。
「あら、ありがとう……ジルガ。あなたは__もうお休みなさい。本当に、頼りにしているわ……あなたは、まるで私の本当の子供のようよ……お休みなさい、いい夢を」
そう言いながら、母はジルガの額に口付けした。ジルガは、満面の笑みを浮かべながらそれを受け入れ、ルベリアとリルマへと一礼して奥へと引っ込んでいった。
ジルガから漂う香りは、煎じられて湯気がたち込める《ノルディア・ス・ティ》の香りよりも濃厚で甘かった。
そして、ルベリアは母の口から大切な話を聞き終えて僅かながらとはいえ衝撃を受けた後に母の部屋を後にするのだった。
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