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第14話

* 「やあ……おはよう、ルー君__今朝は、とても澄んだ空模様だね。雪ばかりのイ・ピルマと違って、やっぱりア・スティルはとても美しい……それは昔からずっと変わらないね。あと、ルー君がお寝坊さんなのも…………」 「お、おはよう……ございます。ノスティアード様……お久しぶりです」 部屋に入るなり、まず聞こえてきた第一声はイ・ピルマの王子【ノスティアード】の何度か聞き慣れた朝の挨拶だった。 彼は昔から《異国の王子》であり、少しばかり年の離れているルベリアにも、まるで血の繋がった兄弟のように分け隔てなくごく自然な態度で接してくれている。 「まあ、なんてこと……。これからは婚姻関係を結ぶのだから__ルベリア……あなた、もっとノスティアード様に対して心を開かなくちゃダメよ……ねえ、あなた?」 「ああ…………」 客人用の特等席で、なおかつノスティアードの隣の椅子に座ったルベリアは内心とても気まずかった。 何故なら、ここからは父や母__それにセレドナの席がとても良く見渡せてしまうからだ。 もちろん、昨夜のあんなこと(父とセレドナの情事)が無ければ多少は気まずくても、何とか取り繕って対処出来ただろう。 しかしながら、今日は普段通りの【気まずい親子関係】とは訳が違うのだ。 (父やセレドナ兄様の顔がマトモに見れない……でも、とりあえず母はあのことには……気付いてないみたいだ……) 幸か不幸か、母は父とセレドナとの異常な関係には気付いてないらしく隣で黙々と朝食のパンを口にする父へと熱心に話しかけている。その内容は、ノスティアードとルベリアとの婚姻の件で、とにかく喜ばしいといった感情があらわになるくらいに勢いに満ちている。 対して、セレドナは父や母とは違って目線を下に落として無言のまま覚めかけたシチューをスプーンでぐるぐるとかき回して、時々固いと評判の羊肉を口にしては淡々とそれを噛みしめていた。やはり、ルベリア同様に心ここにあらずといった様だ。 と、その時____此方から向けられる視線に気付いたせいか急にセレドナが真下にあるシチュー皿から目線を横に動かして目が合ってしまいそうになり、それに気付いた瞬間にルベリアは内心慌てふためきつつも何処ともなしに目線を移した。 そして、気付いた____。 セレドナの真向かいにある席が空席となっている。席順としては、そこはイ・ピルマから来た護衛人――つまりは、ノスティアードの付き人に用意された席だ。 (でも……昔から馴染みのノスティアード様の付き人とかイ・ピルマから来た人々は、みんなここにいる筈なのに__どうして……) ふと、それを確認するために辺りを見回すルベリア____。 もちろん、食事中の皆に失礼のないように、ざっと見回す程度に留めておく。 キャンベル伯爵は父と談笑しながら丁寧な手つきでワインを飲んでいるし、ノスティアードの乳母であるイ・ピルマの貴婦人は母とにこやかに会話しながら赤い薔薇の花弁が浮かぶ香茶を飲んでいる。 その他の、昔からルベリアと馴染みのあるノスティアードの付き人達は無言で食事にいそしんでいる。 やはり、ルベリアらと昔から馴染みのあるイ・ピルマの者達は全て揃っているようだ。 この日のために、はりきって準備していた城の使用人達や――まして、父や母が間違えて空席を用意してしまったとも思えないのにと不思議に思っていたルベリアだったが、その時ちょうどデザートが運ばれてきたため胸を踊らせ、そんな些細な疑問など吹き飛んでしまった。 「イ・ピルマのデザート……《ユル・キ・ルノ・フル・キ・ケルーキ》でございます。これは下のスポンジ部分がチョコレートでコーティングされていまして、なおかつふんだんに真っ白な粉砂糖なる異国から取り寄せたという調味料が降りかかっております。イ・ピルマの皆さまの舌を寂しくさせないように、と此方でご用意させて頂きました……きちんと本場の味になっているか少々心配ですが、どうぞ召し上がってください」 ジルガが穏やかな笑みを浮かべ、両手に大きな銀の盆を抱えながらデザートを運んできて、テーブルの上へと置いた。 しかし、このデザートは元々はメニューにない筈であり、イ・ピルマから来訪した以外の者達は一瞬不思議そうな表情を浮かべた。それも僅かな時だけで、すぐに和気あいあいの雰囲気となった。 イ・ピルマから来訪した者達が大層喜んだからだ。それだけでなく、先程まで暗い顔をしていたセレドナまでもが明るく笑いながらデザートを頬張っている。 それを見るだけで、ルベリアの心内は軽くなりセレドナにつられるようにして、デザートを頬張ってしまうのだった。 一人だけ、仏頂面をしながら固いステーキと奮闘しているルリアナと目が合い、すぐに視線を逸らしたものの深く気にすることはなくペロッとデザートを平らげるのだった。 (ジルガには、後で感謝しなくちゃな……きっと彼は僕やセレドナ兄様の様子が変だと分かって――とっさにこのデザートを作ってくれたんだ……場を和ませるために……そうだ、昔からジルガはそういうのが得意だった……後で、お礼を言いに行こう……) ルベリアが自然と笑顔似なりながら、そんなことを思っているうちに、朝の食事会は無事に終わりに近づいてきた。 それは、父が手をたたこうとした素振りを見せたからだ。 本来であれば、城の主である父が二、三度手を叩き「ご馳走さまでした」と宣言すれば朝食会は終わりになる筈だった。 しかしながら、予期せぬ乱入者はそんなことなどお構い無しにガチャッと勢いよく扉を開けて挨拶もそこそこに玉座の間へと入ってきた。 「遅れてしまい、失礼致した____我はノスティアード様の従者であり名をキルーガという。誠に失礼ながら、席に座しても宜しいであろうか?」 浅黒い肌に、切れ長の金色の瞳。それに、腰くらいまである長い髪は血のように赤い。それだけではなく、浅黒い肌には彩りの刺青が施されている。はっきり言って、周りの者の目を引くには充分な程に奇怪な姿だ。 その男を見た瞬間、とっさにルベリアはガタッと音をたて勢いよく椅子から立ち上がってしまった。周りの皆の視線が痛い。 そんな状況にも関わらずノスティアードだけはクスクスと愉快そうに笑っている。 (あの男――夢で見た男と……どことなく似ている__唯一違うのは肩の傷痕がないことくらい……) 「貴は…………何故に、こちを見ているというのか?我の顔に……何かついているというのか?」 ふいに、キルーガと名乗る男から問いかけられてルベリアは慌てふためいた。とっさにうまい言葉が出てこないのだ。 すると、まるでルベリアに助け船を出すかの如くノスティアードが口を開く。 「ア・スティルの王様――誠に失礼ながら、ウ・リガ出身のキルーガを……席に座らせても宜しいでしょうか?危害を加えないよう、兼ねてより教育しておりますので……」 「ノスティアード様がそうおっしゃるのならば……席についても構わない。にしても、ウ・リガの者を従者にするとは……さては何か事情でもおありなのですかな?」 キルーガというウ・リガ出身の男は戦災孤児であったがゆえに、命からがらイ・ピルマまで逃げてきて、その後に従者として自身の元で働いているということをノスティアードの口から聞いた。 (まさか……僕が知らないうちに、よりによって恐ろしいウ・リガからイ・ピルマのノスティアード様へ仕えている従者がいただなんて……っ……) 無意識のうちに、ウ・リガの出身者に対する恐れが滲み出てしまう。 四六時中、戦に明け暮れるウ・リガと友好な関係など結べるのだろうかということや、何故にノスティアードはキルーガという男を従者にしたのかということなど様々な疑問が頭の中を支配する。 「…………何だ?やはり、貴は……こちに何か言いたそうだな?こちが、ウ・リガの者だからと……恐れているのか?それとも、哀れんでいるのか?」 「そ、そのような……こと……あ、ありません」 情けないことに、声が震えてしまっていた。 キルーガという男にジロリと睨まれてしまったせいだ。いっそのこと、この場から消え去りたいと思ったが、その時ちょうどいいタイミングでキルーガに振る舞う料理が遅ればせながら運ばれてきた。 またしても、ジルガの機転の良さに救われたためホッと胸を撫で下ろした。 キルーガの興味の対象がルベリアからジルガが運んできた料理へと移ったからだった。 その後は、ルベリアのことなどどうでもよいと思ったからなのかは分からないけれども、キルーガが何か話すことはなかった。 それから暫くして、どことなく気まずい雰囲気が流れていたものの、ようやく朝の食事会は今度こそ終わりを告げたのだった。

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