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第18話

* 既に、日は落ちて廊下は薄暗い闇に覆われていたためランタンを持ちながらルベリアはセレドナの部屋へと向かって歩いていた。 そして、ピタリと足を止める____。 「ルベリア___待っていましたよ。どうぞ、中に入って……」 「は、はい…………失礼します」 何度も、セレドナの部屋の扉の前でぐるぐると行ったり来たりを繰り返し、ようやく決心のついたルベリアは深呼吸してから扉をノックした。 すると、心なしか元気が無いようなセレドナの声が聞こえてきたため、勇気を振り絞り久しぶりに兄の部屋へと足を踏み入れる。 「こちらに、いらっしゃい……ルベリア__もう、私が何を話したいのか……分かりきっているんでしょう?だから、そんなに緊張しないで……私とお前は……家族なのだから____」 セレドナから手招きされ、そのように言われても緊張は和らぐ訳はなく、どことなくぎこちない足取りでベッドに横たわっている彼の元へ歩み寄って行く。 「セレドナ兄様……お顔が優れませんが、気分でもお悪いのですか?」 「ああ、うん……少しだけ、気分が優れなくてね……って――そうではないでしょう。ルベリア、お前は……私に聞きたいこと――もしくは言いたいことがあるはずです。私の体調のことよりも、まずはそのことについて口に出してみなさい……心の中にいつまでも溜め込んでいても碌なことになりません……さあ、お前は私に何を聞きたいのですか?何が言いたいのですか?」 透き通る桃色の瞳が、戸惑いながら視線を辺りに、さ迷わせるルベリアへ真っ直ぐに突き刺さるように見つめてくる。 しかしながら、セレドナの瞳は悲しげに揺らいでいるのが分かる。 その反面、凄まじい悲しみをこらえて無理をしながらルベリアを強く見据えているようにも思えたのだ。 (そうか……セレドナ兄様も本当ならば僕に……あのことは聞きたくはないんだ……言いたくはないんだ……それでも、僕自身のために――このように言って下さるんだ……僕が迫り来る壁を乗り越える真の強さを持てるように……自分の心を圧し殺してまで____) ギュッと固く拳を握ると、ルベリアはさ迷わせていた視線をセレドナの方へと向ける。 そして、その桃色の瞳を真っ直ぐに見据えながら口を開くのだ。 「セレドナ兄様…………貴方は、何故__父様とあのような卑猥な行為をし、尚且つ……それを受け入れ続けているのでしょうか?」 (違う……違う、本当に聞きたいことは……そんな些細なことじゃない……本当に僕が心から聞きたいのは……っ____) 「…………」 そんなルベリアの心の内を察しているといわんばかりに、セレドナは何も言わずに尚も真っ直ぐに血を分けた弟でありながら実の息子でもある彼を見つめ続けている。 「…………セレドナ兄様は――僕に無償の愛を抱いて……接してくれているのですか?父様や他の国民たちのように、僕を《Ωの優等種》として――色眼鏡で見ている訳ではなく、僕に真の愛を……抱いてくれているのですか?」 「当たり前です……貴方は私の子____確かに貴方を生んだのは、父様からの命令ともいえる行為で、それと同時に病弱な母様を守るためでしたが……私はただ単に、お前を《Ωの優等種》だからという理由で、ここまで日々を過ごしてきた訳ではないのです。お前を、心から愛しているから――だから、お前に本当のことを話せなかった__情けない母で、ごめんなさい」 「セレドナ兄様は、母様を守りたかったから、僕を生んだのですか?でも、よく分かりません……何故、父様はそのようなことを命令したのでしょうか?」 と、尋ねたところでセレドナはルベリアにもっと近付くようにと手招きした。 ルベリアは横たわるセレドナに凭れかかるようにして、身を寄せる。 幼い頃のように頭を撫でられ、そのあまりの暖かさに思わず涙が出そうになったものの、気恥ずかしくグッと堪えた。 『父様はア・スティルを守りたいんだ……そのために病弱な母様よりも健康な私が、優等種のΩとなりえる特別なお前を産んだんだ……人工的ともいえる生を受けさせて悪かったと思ってる……でも、私はお前が生まれたことに対して後悔はしていない……生まれてきてくれてありがとう……ルベリア――心の底から愛してる』 頬に、セレドナの形のよい唇が当たったことに対して、じんわりとした暖かさと安堵に包まれたのと同時にそれとは裏腹に氷のように冷たい彼の体を心配するルベリア。 「セレドナ兄様…………とても、お具合が悪そうです。本当に、大丈夫なのですか?」 「ああ…………目眩がするだけだよ。少し休めば、すぐに良くなるさ……ああ、そうだ――さっきノスティアード様がお前を呼んでいたよ。未来の伴侶となるお相手なのだから、すぐに訪室してあげなさい……ルベリア――ノスティアード様と共に幸せになるんだよ。おやすみ、良い夢を……」 こうして、ルベリアはセレドナの部屋を出ると今度は未来の伴侶ともいえるノスティアードの部屋へと向かってランタンの灯りを頼りに歩いて行くのだった。 *

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