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第19話

* ランタンの灯りに照らされた薄暗い廊下に、コン、コンと遠慮がちなノックの音が鳴り響く。 カーテンの隙間からは、窓の外に浮かぶ月明かりの僅かな光が入り込んでいたけれども、それだけではやはり心もとない。 ランタンを持つ自分の影が大きな鏡に映る度に、ビクビクと怯えながらもノスティアードが待っている《冬の間》へと向かって歩き続ける。 「失礼します、ノスティアード様……ルベリアです。中に入っても、宜しいですか?」 「ルー君……こんばんは。君のお兄さんのセレドナの具合は__大丈夫そうだったかい?こんな夜分に呼んでしまって済まないね。ルー君も昼間のことで疲れているだろうに……。ほら、こっちにおいで?昔みたいに、ベッドで共に潜り合うのもいいんじゃないかな?」 「い……いえ、お気遣いして頂いて此方こそ申し訳ないです。ノスティアード様も、イ・ピルマから来て疲れているでしょうに……。それはともかくとして、何か僕にお話でもあるのですか?」 ノスティアードの申し出の言葉を聞いて僅かに戸惑いを抱いてしまったものの、よくよく考えてみると彼の申し出を断っては無礼になってしまうと思ったのと同時に、婚姻が滞りなくうまく行くことを願っている父や母――それにセレドナの心配そうな顔が脳裏に思い浮かんでしまったため、僕は緊張してぎくしゃくしながらも、ゆっくりと横たわりながら本を読んでいる彼の方へと歩いて行く。 「ねえ……ルー君__君は何か心配事――というか気になっていることでもあるのかな?無意識なんだろうけど目がキョロキョロしているよ?ああ、もしかして……キルーガがさっきみたいに隠れていると思ってる?安心していいよ、キルーガは此処にはいない」 「…………」 その言葉を聞いて、ギクリとしたと同時にホッと安堵した。 どうも、ノスティアードの従者だというキルーガというウ・リガ出身の男を好きにはなれそうにないからだ。 (苦手だ……いくら、ノスティアード様の従者だからとはいえ……彼のあの無神経な発言だけは……) 「ねえ、ルー君……君はルリアナやキルーガが……嫌い?」 「えっ…………!?」 言葉をぼかすことなく大胆に聞かれてしまい、何と言うか迷ってしまった。 自分の兄であるルリアナならばともかくとしても、ノスティアードの前では従者であるキルーガの悪い印象を口にしたくはなかったからだ。 「そんな……嫌いだなんて__そんなこと、あるわけないじゃないですか……っ……」 どうにかして、当たり障りのない言葉でノスティアードの問いに返答する。 しかしながら、彼はセレドナとよく似た真摯な瞳を此方へと真っ直ぐに向けてくる。 ノスティアードの瞳は、セレドナとは真逆ともいえるような澄んだ青色だというのに。 自分に対して向けてくる瞳は、とてもよく似ているためルベリアはたじろいでしまう。 「ルー君……君の本心が聞きたいんだ。世間体を気にしての言葉ではなく、君が彼らを本当はどう思っているのかが聞きたい……婚約者としても、幼なじみとしてもね……」 「…………」 もう、誤魔化しきれないと思った。 いや、セレドナの時と同様に彼に対しても自分の気持ちを誤魔化し続けてはいけないと思った。 「僕を……大事にしてくれないルリアナは……嫌い。それに、父とセレドナ兄さんとの関係に対して……無神経なことを言ってきたキルーガも……にが__ううん、嫌いだよ……っ……でも、でも――本当に嫌いなのは周りはみんな僕を心配してくれてるのに……それを素直に受け止められない自分。ルリアナやキルーガに申し訳ないよ……こんな悪く言っちゃって____」 「うん、うん……でもね、ルー君――俺はそうは思わないよ。言いたいことも言えずに、ずっとずっと無理やり我慢する方が君のためにならないし、たまには毒を吐くことも必要だと思うけどなぁ……後は、それをルリアナやキルーガに真っ正面から言えるようになれば……ルー君の心はもっともっと軽くなるし、彼らとの距離も縮まるよ?」 「でも、ノスティアード様……今よりも、もっと彼らから嫌われるかもしれないのに……ですか?」 「ルー君……あのさ、ルリアナやキルーガが君のことを嫌いだなんて……いつ言ってた?彼らをもっと信用してあげてもいいんじゃないのかな?まあ、キルーガの無神経な発言は確かに無礼だったから叱っておくとしても……だ__そんな自信のないルー君に提案があるんだよ。明日の昼間、君の誕生日祝いも兼ねて一緒に市場に買い物に行こう……あ、もちろんキルーガやルリアナも誘うからね……さあ、お返事は?」 ずいっ__と此方の顔を覗き込みながら有無を言わさないといわんばかりの剣幕でノスティアードから提案されたため、ルベリアは頷かずにはいられずに遠慮がちに「はい」と答えたのだった。

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