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第21話

* 「わぁ……っ____本当に、ア・スティルの王都市場は壮観だね。イ・ピルマにはこういう市場はないから……すっごく新鮮だよ。ルー君、あれって何!?」 「えーっと……あれは____」 大声で客引きする魚屋____。 太鼓腹が特徴的な中年男性が店主がしきりにア・スティルの特産魚であるムーミ魚の値段を叫んでいる。 通りかかる人々の鼻を思わず刺激してしまう程に芳しい香りがする香水屋____。 水色の生地に白いフリルがふんだんに使われているドレスを身に纏った上品な笑みを浮かべる金髪の貴婦人が穏やかに頬笑みながら辺りを行き交う女性達に声をかけている。 他にも、花屋や衣服屋__それに書物屋なと、とにかく普段王宮に王族にとって、どれも興味深い物をこの王都市場では売っている。 ア・スティル出身者のルベリアならまだしも異国のイ・ピルマから来たノスティアードにとっては新鮮な光景であると認識したのも無理はなかった。 まるで鳥籠のように自由のない城から出て、王都のあちらこちらに点在する市場の出店を目にするなり、ノスティアードはまるで子供に戻ったかのようなキラキラした瞳を此方へ向けながら尋ねてきた。 つい先程まで、城門の前に立ち退屈そうな顔をして従者のキルーガと共に忘れ物を取りに戻った自分を待っていたのと同一人物だとは思えないほどの好奇心旺盛さに、昔から馴染みのあるルベリアでさえ驚いて目を丸くしてしまった。 (もしかしたらノスティアード様も……普段から何かしら悩み事があるのかもしれない__こんなに輝いてる彼を見たのは……久しぶりだ……) 露店に飾られている、ア・スティルにしか咲かない花――《ドリミア・ルナーカ》という加工品を好奇心を隠そうともせずに見つめているノスティアードに対してルベリアは説明した。 《ドリミア・ルナーカ》は、月の光を浴びた《ルナーカ》という白い貝が年に一度しか種を産み落とさず、なおかつ咲かない金の花で四つ月が重なり合い一つになった時にしかとれない貴重な物だということ。 ちなみに、《ドリミア》とは四つ月が其々重なり合い一つになる状態を示しているということを説明した。 「へえー、なるほど……ア・スティルは実に興味深いんだね!!ルー君、キルーガと一緒にちょっとここで待っててくれないかな__どうしても、あれを買いたいんだよ……」 「えっ……で、でも……っ____!?」 少しの間とはいえ、キルーガと共にいてくれも言われて戸惑いの色を浮かべるルベリア。 チラッと横目でキルーガの様子を伺うと、案の定不機嫌そうな顔をして此方を睨み付けている。 「大丈夫、大丈夫……いくら甘い物を食べるのが好きなキルーガでもルー君をとって食ったりはしないよ……っ……!!ああ~……ち、ちょっと……待って!!それ、ボクが買おうとしてるんだから……っ……」 まるで、何かにとりつかれたかのように子供みたいになってしまったノスティアードが尚も戸惑いを浮かべているルベリアに有無をいわさずに、露店の方へ走り出して行ってしまったのは他の女性客が一つしか飾られていない《ドリミア・ルナーカ》の首飾りを取られまいと無我夢中だったせいだ。 「…………」 「…………」 王都市場は辺りを行き交う人々や露店の主人達の客を引き入れようとする活気に満ち溢れる声で騒がしいというのに、ルベリアとキルーガの周囲には不自然なくらいに重々しい沈黙が流れる。 「おい……ア・スティルの王子よ……貴は、そんなに我といるのが苦痛なのであるか?貴は、この間からずっと……こちを避けておるであろう?まあ確かに、この間の……その__貴の父上と兄上との奇妙なる関係の件については……不適切な発言をしてしまったが……それにしても____」 「ち、ちょっと……とにかく、こっち、こっちに来てください……っ…………!!」 思わず、大きな声を出してしまいながら人気の少なそうな裏路地へとキルーガを引き寄せてしまったのは、人々が行き交う活気ある王都市場で父とセレドナとの関係を直線的ではなくとも間接的に《奇妙なる関係》と口にしたキルーガを叱責するためだった。 いくら騒がしい市場とはいえ、ここはア・スティルの王都市場――つまりは国民たちが開く市場であり、そんな事を話そうものなら王宮に対して興味を持つ国民たちの噂の的となるに決まっている。 しかも、他の二国とは違ってア・スティルでは定期的に王族たちが国民の前へと姿を現す《豊穣祭》やら《星見祭》といった季節ごとの行事を開催している。 そのため、国民たち全てとはいかずとも割と王族の姿を目の当たりにしているため余計に興味の的となってしまうだろう。 だからこそ、ルベリアはノスティアードとはぐれる心配もせずに世間知らずのキルーガを引っぱりながら人目のつかない裏路地へと移動してきたのだ。 「ア・スティルの事情もろくに知らずに…………これ以上、無神経な言葉を言うのは止めてください……っ__あんな、あんなに国民たちがいる前で言うなんて……これだから、《ウ・リガ》の……やば____」 と、怒りに身を任せて興奮しながらキルーガに向かって言い放っていたが、ふとある事に気付いて口をつぐんだ。 《ウ・リガの野蛮人は……》と怒りに任せて思わず言いそうになってしまった途端に、キルーガが出会ってから初めて悲しげな瞳でルベリアを見つめてきたからだ。 その時、やっと――目の前にいるキルーガよりも自分の方がよっぽど無礼で無神経なことに気がついたのた。 キルーガの生まれ故郷が《ウ・リガ》であるというだけで、そして尚且つ《ウ・リガ》から《イ・ピルマ》に来てノスティアードの従者になったというだけで勝手に彼を心の片隅では【無神経な野蛮人】だと思い込み、ろくに関わろうともせずに避けてきた身でありながら、彼の心情を直線的に聞こうともせず勝手に毛嫌いしていた。 (僕の方が……彼よりも遥かに無神経でウ・リガの人々に対して無礼じゃないか……っ……) 「あ、あの……ご……ごめんなさい……っ__」 「貴は…………いったい何を謝っているのだ?貴にとって……昔から馴染みのあるノスティアード様以外は……どうでもよい存在なのであろう?別に、我は貴の言葉など特に気にしているわけではない。それよりも、ノスティアード様とはぐれてしまった。もしも、貴に何かあればノスティアード様が心配する……早く先程の場まで戻った方が良さそうだ」 「…………」 無表情のまま、まるで人形のようなキルーガの様子にルベリアは益々罪悪感を抱いてしまうが、そんなことはどうでもよいといわんばかりに身を翻してノスティアードがいた露店へと戻ろうと歩み初めた彼を追い掛けるべくルベリアも小走りに駆け出した。 すると、突然__何者かによって背後から腕を掴まれてしまう。 「ノスティアード…………!?」 てっきり、ノスティアードがはぐれた自分達を追い掛けてきたとばかり思い込んだ世間知らずなルベリアは、はぐれてしまった婚約者の名を口にしながら振り向いた。 しかしながら、そこにはノスティアードの姿はなく代わりに肌が浅黒く下品な笑みを浮かべている三人の男達が立っているのだった。

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