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第22話
「キ……キルーガ……っ____」
腕を男達から掴まれて、強引に引き寄せられたルベリアは恐怖と不安から顔をひきつらせつつ、ここにきて初めて婚約者の従者の男の名を呼んだ。
情けないことに、自分でも声が震えてしまっているのが分かる。
すると、目の前を少しばかり早足で歩いていたキルーガの足が止まり、その直後振り向いた後で此方へと目線を向けた。
さっきまでは、無表情だったキルーガの顔が見る見るうちに緊迫感に包まれていき、鋭い眼光で此方を睨み付けてくる。
とはいえ、彼はルベリアを蛇のように睨み付けているわけではなく、浅黒い肌の同郷者らに対してその厳しい眼光を放っているのだ。
そんなキルーガの懐から、キラリと銀色に光るものが見えた。生まれてこのかた、戦闘になど縁のないア・スティルの王子であるルベリアでさえ、それが武器であるということくらいは何となくとはいえ記憶していた。
(ナ、ナイフだ……あれは、確か……人を傷つけるものだと父上がおっしゃっていた……っ……)
「だ……駄目だよ……っ__キルーガ!!」
思わず、声が出てしまっていた。
三人の《ウ・リガ人》の男から行く手を阻まれ、尚且つその内の一人から腕を掴まれて強引に引き寄せられたのは凄まじいほどの恐怖だったが、どうしても男らに襲いかからんとするキルーガを止めなければならないと本能で察しているせいだった。
しかしながら、そんな自分の浅はかな行為をルベリアはすぐに後悔する。
《ウ・リガ人》の三人の男は口元を歪ませながら先程よりも更に下品な笑みを浮かべつつ怯えるルベリアに対して危害を加えようと身を擦り寄せてきたのだ。
「さっすが、豊かな地のア・スティルの少年はお優しいねぇ……オレらウ・リガ人とは違って高尚だと思ってんだろ?なあ、オレら心の底から傷ついちまったからよ……その子供のくせに妙に色気のある体で慰めてくれや。おい、てめえだよ……同郷者。さっきみてえに邪魔したら、このお優しい少年を酷い目に合わせるからな?」
ぴとり、と冷たいナイフの刃先がルベリアの首筋に軽く突き付けられたせいでキルーガは抵抗すら出来ない。
「ここなら、人も来ねえだろうし……戦闘、戦闘でくたびれたオレらを癒してくれる坊やの体もたっぷりと堪能できそうだ……ふん、餓鬼のくせに――髪飾りなんてつけて色気づきやがって……まったく、可愛いもんだな……高尚かつ田舎もんのア・スティルの坊やは____」
首筋にギザギザに尖ったナイフの刃先を押し当てながら、息を荒くした短い赤髪の男(おそらく三人の中ではリーダーだろう)が目を細めつつ厭らしい笑みを浮かべてルベリアの体をまさぐる。
しかしながら、ふいにキャンベル伯爵から贈られた白い花飾りに気付いた男が馬鹿にしたような顔をして、それに触れた途端に赤髪の男が慌てて手を引っ込めた。
「……っ___何だよ、この花は……ちくしょう、この餓鬼……オレを馬鹿にしやがって……めちゃくちゃに犯してやるからな!!」
「ひ……っ…………!?」
男の身に何が起きたかなんて、怯えるばかりのルベリアには分かる筈もなかった。
しかし、赤髪の男はそうは思わなかったのか凄まじい怒りをあらわにしながらルベリアを地面へと押し倒してしまう。
リーダーに命令され、残り二人の男も地面に倒れたルベリアの体を押さえつける。
だが、それと同時に行動を移したのは赤髪の男達だけではなかった。
「汚い手で…………ルベリアに触れるな……っ____」
低い声で言うや否や、今までずっと逆襲の期を伺っていたキルーガの渾身の蹴りが男達の体に命中する。
その反動で、赤髪の男の手からナイフが地面へと転がるのを凄まじい眼光を放つキルーガの目が見逃すはずもなく、それを足で踏みつけると再び男達がルベリアを襲うチャンスを奪った。
そして、そのまま地面に倒れて此方を鋭い目付きで睨み付けてくる男達のことなど放置し、肌が露出したまま怯えるルベリアの体を優しく抱き上げてからその場を立ち去ろうと身を翻した。
「おまえらの顔は覚えたからな……覚悟しとけよ……っ__」
ルベリアはボソッと呟いた赤髪の男の様子が気にかかったものの、キルーガから体を抱きかかえられている気まずさから何も言えずに、そのまま胸の内に秘めておくことにした。
キルーガはルベリアと違って、赤髪の男の呟きなどまるで聞こえていないかのように無視して、足早にノスティアードとはぐれてしまった王都広場へと駆けて行くのだった。
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