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第24話

「ルー君、あの空に打ち上がったのはいったい何だい?弾け飛ぶ瞬間に、僅かばかり光を放ったように見えたけれど……昔からア・スティルに定期的に来ていた私でさえ……初めて見るものだ……っ__もちろん、イ・ピルマでもあんなに不思議な物は見たことがないよ!!」 再び幼い子供のように、きらきらと好奇心に満ちた目を此方へと向けながらノスティアードが尋ねてきた。 しかしながら、今しがた澄みきった雲ひとつない空へ 打ち上げられた物の存在を彼が知らなくとも無理はないとルベリアは思う。 《ア・スティルの王子》であるルベリアでさえ、生まれてこの方一度しか見たことのない物だったからだ。それも、四才が五才の時だったかに一度しか見たことがなかったのだ。 【ウ・リガ】とのいざこざが酷くなり、国の繁栄と幸福――それに豊穣を祝うための《打ち上げ種火 (ミビ・ナルハ) 》は、実に久方ぶりに 国民達の目を楽しませようとしているのだ。 ミビ・ナルハが久方ぶりに打ち上げられるということは、ようやく《ウ・リガ》 とのいざこざが落ち着いてきて三国が均衡を保ちつつあるともいえる。 「あれは、ミビ・ナルハという花の種に火をつけて打ち上げていたのです。ミビ・ナルハの種は火をつけると、その習性から上へと舞い上がり……やがて、その刺激によって自ら光を放ちながら色とりどりの種子を撒き散らして地上へと落ちる……その光景があまりにも美しいため、かつては豊穣祭や祝いの行事の度に打ち上げられていたそうだと父から聞いたことがあります。やがてウ・リガとの戦いやいざこざが悪化していき……自然と消滅していきました。ですが、今宵は……光輝く美しい幻想的な夜空が見られますよ」 「へぇ~……さすが、雪一色の白と灰色の光景が年中広がるイ・ピルマとは違って豊かなア・スティルだね。ところで、ルー君……今宵は共に、私の部屋で《光輝く美しい幻想的な夜空》を見ないかい?あ、もちろん……キルーガは抜きで、つまりは二人きりでさ。キルーガ、それが君に対しての罰だよ」 ノスティアードから冗談まじりに言われても、キルーガは何も言わずに無表情のまま頷いた。どうやら、それが悪戯好きのノスティアードの冗談だとは理解していないらしい。 「よし、キルーガのお許しももらえたことだし……じゃあ、ルー君……今宵は部屋で待っているからね?名残惜しいけれど、そろそろ戻ろうか――セレドナの看病をしているルリアナも、きっとルー君のことを心配してるに違いないよ」 「えっ…………ルリアナ兄様は……セレドナ兄様の看病をしているのですか?」 「ん…………あれ、知らなかったのかい!?てっきり知っているものだと思っていた……兄弟思いのルリアナは具合の悪いセレドナの看病をずっと夜も寝ずにしていたんだ。だから、今日の買い物も彼は来れなかったのさ。使用人にセレドナの看病は任せられないとか言ってたけど、本当はルリアナはセレドナのことが心配なんだろうね。まったく、自分だって無理な看病で体調を崩しかけているというのに……そうだ、ルー君__せっかく王都市場にまで来たんだから、ルリアナの体調が良くなるように薬草と草花を買っていってあげようか。弟の君が買ってきたと知れば無愛想なルリアナも泣いて喜ぶだろうしね」 ノスティアードの予想外な言葉を聞いて、ルベリアはすぐには答えられない程に驚愕していた。 まさか、ルリアナが体調の悪いセレドナを寝ずに看病するくらいに気にかけていて尚且つ己までもが体調を崩しかけているということになっているとは思いも寄らなかったのだ。 そもそも、ルベリアに対してまでとはいわないもののルリアナは父以外の【家族】に対して__心配することは愚か、碌に関心など抱いていないように思い込んでいた。 朝食の席でも、母やセレドナが話しかけても返事さえ碌に返したことなどなかったし、正直に言って父以外の家族などルリアナにとって《どうでもいい存在》なのではないかと勝手に思い込んでいた。 しかし、言われてみれば確かに違和感はあったということにルベリアは思い当たった。 (そういえば……この王都市場に来る前に……ルリアナ兄様にしては珍しくソナとジルガに対して憤慨していた……あれは――セレドナ兄様の身を案じてのことだったのか……) 「おーい、ルー君……ルー君ったら……どうするの?ルリアナに……薬花と薬草を買うの?買わないのかい?」 「か、買います……っ____ルリアナ兄様に……それを届けます……」 心ここにあらずのルベリアは、ニコニコと笑みを浮かべつつ此方の顔の前でヒラヒラと手を振るノスティアードへと遠慮がちに答える。 そして、その後に目当ての薬草と薬花を買って帰ろうとした。 だが、ふいにいつの間にかキルーガが自分とノスティアードの元から何も言わずに居なくなっていることに気付いて嫌な予感が脳裏に浮かびあがる。 「キ、キルーガ……っ……キルーガ____何処にいったの……っ……!?」 その、慌てているルベリアの声でようやくノスティアードも従者であるキルーガがいなくなっていることに気付いたらしい。 しかしながら、ルベリアと違って慌てふためいていたりはしていない。 「何だ……わあ、わあと喚かないでくれ……っ__こちは、ここにいる。それで……その――ルベリア、先日無礼な言動をしてしまった詫びとして――これを受け取ってくれると……ありがたい」 「これ……って……何なの?」 「ウ・リガの【ウンヂュルマ】という木の根を加工した__首飾りだ。これを手にする者に……幸福をもたらすと言われている。もしも、いらなかったら捨ててくれても……構わない」 ぷいっと、そっぽを向きながらも何処と無く照れくさそうに【ウンヂュルマなる薄茶色の木の根の首飾り】をキルーガはルベリアの方へと差し出してきた。 薄茶色の木の根には、おそらく《ウ・リガ語》なのであろうけれど【§∮№】という模様が掘られていて、太陽の色を浴びるたびに赤や緑、青といった具合に色が変わるのがとても綺麗だ。 ルベリアが、その様に目を輝かせながら見惚れていると不意にキルーガまでもが【ウンヂュルマの首飾り】を覗き込んできた。 こんなにもキルーガとの距離が近づいたのは初めてだったせいで、ルベリアは思わず驚愕から変な声が出そうになってしまったけれど何とかそれを堪える。 「ウ・リガでは……年中、太陽など出ていなかったから、このように掘られている模様に埋め込まれている砂塵が光るのは初めて見たな……って……それよりも、だ……受け取ってくれるのか?」 「は、はい……っ……えっと……あの――ありがとうございます」 すぐ側で妙にニコニコしているノスティアードが気になったけれど、それよりも自分の心臓が何故こんなにもドクドクと高鳴っているのかも気になりつつ、ルベリアはキルーガの手から【ウ・リガの木の根の首飾り】を受け取ると、そのまま身に着けた。 「さて、と……夜のミビ・ナルハの種火を見るためにも……今度こそ、王宮へ戻ろうか。弟思いのルリアナに……ぐちぐち言われたくもないしね」 誰ともなしにノスティアードが伸びをしながら呟いたが、ルベリアはそれよりもキルーガのことで頭がいっぱいになってしまっていた。 この気持ちは、いったい何だというのだろうか____。 王宮に向かって帰路に着く道中も、ずっとそのことがルベリアの頭の中をぐるぐると駆け巡るのだった。

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