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第25話

* ドンッ……ドドン、パァンッ____。 最後のミビ・ナルハが打ち終えたのを、開け放たれた夜空を見上げていたノスティアードが相変わらず好奇心旺盛な表情を浮かべながらルベリアを見つめた。 ルベリア達は王都城下町から見上げている訳ではなく、王宮の部屋から見上げているために観客達の歓声は聞こえないけれど、国民達の喜びようはそれはそれは凄いものなのだろうと予想できる。 それを直に見聞きすることが叶わないのが、心惜しい。 国民達は、明確には表面には出さないものの【ウ・リガ】との緊迫した関係に対して恐怖を抱いていたからだ。 ここ最近は、家の窓を締め切り閉じ込もってしまう者達も少なくはなかった。 それが、ここにきてようやく【ウ・リガ】との関係性も明確に良くなったとはいえないものの、問題がないと判断された渡航者がア・スティルへ来訪するのを許可されるくらいには緊迫状態が緩和しつつあったのだ。 だからこそ、王都市場が開催され国の更なる平和を願うミビ・ナルハが打ち上げられたのだ。 「うわぁ……っ__凄かったね、ルー君。今のミビ・ナルハの大音量は!!君の父上や、母上……それに他の皆との夕食会を断って部屋に込もってたのは申し訳なかったけれど……そうまでしても見る価値はあったよ。そういえば、ここに来る前にルリアナには会ってきたのかい?」 「い、いえ……それが____ここに来る前にルリアナ兄様に……会おうと思ってセレドナ兄様のお部屋に寄ったのですが――二人共、いなかったんです……だから、結局はさっき市場で買った薬は渡せていません」 急に、ルリアナのことについて問いかけられたため少しだけ緊張しながらルベリアは答える。自分とルリアナの仲を心配するノスティアードが悪い訳ではないものの、ルベリアの記憶中ではルリアナの怒り顔がほとんどを占めているため、やはり怖いものは怖いのだ。 「ルー君…………無意識なのかもしれないけどさ、ルリアナのこと__ずっと、面と向かってお兄ちゃんって呼んでないでしょ?それって……やっぱりルリアナのことが苦手だから?」 「そっ……それは____それは……僕がルリアナ兄様を苦手だからとかじゃなくて……」 「うん、うん……いいよ。全部吐き出してみなよ……そうすれば、今よりも変わるかもしれないし。溜め込んでばかりじゃ息も詰まっちゃう……そんなの、私は嫌だね。そんなルー君は見たくないし、苦しんでるのも見るのは嫌だよ」 「は……っ__恥ずかしいし……それに、ルリアナ兄様だって、僕がお兄ちゃんって呼ぶのを嫌がるに決まってる。単に恥ずかしいからだけじゃなくて……彼は僕が――セレドナ兄様と父さんとの間の子供だって……気付いているはずだから……っ____」 ふと、勇気を振り絞ってそこまで話すとノスティアードは先程までからかうように笑みを浮かべていたくだけた表情から、フッと真面目な表情になると、またしても憂鬱な気分になりかけてしまっているルリアナを手招きしてきた。 「ルー君……君は__いつも、いつも自分の気持ちは後回しだね。自分の気持ちよりも、周りのことばかりを気にして……それが悪いように作用している。自分で自分に呪いみたいなものをかけてる……もっと素直になるといい。私との婚姻だって本当は心の底から望んでるわけじゃないんじゃないかな?まあ、それはともかく、それをもう一度……ルリアナに持っていってあげなよ……他人に頼むんじゃなく、ちゃんと自分の手で大好きなルリアナに渡すんだよ?」 ノスティアードの大きな手のひらで頬を包まれつつ自然と流れ出てしまっていた涙を掬われながら、あまりにも真剣な顔つきで、ノスティアードに見つめられた。 しかも、めったに怒らない彼から僅かながらとはいえ叱られているような感覚に陥ってしまいルベリアは「嫌です」などとは口が避けても言えず、その直後に彼の部屋から出てルリアナが今度こそはいるであろうセレドナの部屋へと再び向かう。 それは、ノスティアードが後ろ向きな自分を心の底から気にかけてくれていて、尚且つ自分とルリアナとの関係を取り持とうとするために真摯に向き合ってくれているのが充分に分かりきっていたからだ____。 * コン、コン____。 (あれから大分時間が経っているというのに……相変わらず、セレドナ様の部屋からは何の反応もない……もしかして、二人に何かあったんじゃ……っ____) 胸騒ぎがして、慌ててしまったルベリアはセレドナの部屋の扉をノックするのを止めると咄嗟にドアノブへと手を伸ばす。 まるで、氷のようにヒンヤリとした銀色のドアノブを捻ると、胸騒ぎを覚えて不安げな表情を浮かべているルベリアの予想に反して、それはガチャリと音を立てて呆気なく開いた。 (凄く静かだ……それに、とても寒い気がする……っ____) 部屋の中が暗く、静かなのは夜だから無理はないと思ったものの、それでもセレドナの部屋はやたらと寒く感じた。 そのことが多少気になりながらもルベリアは心もとなく揺れる蝋燭の炎を頼りに前へと進んでいき、二人がいるであろう窓際の天蓋ベッドへと近づいていく。 (や、やっぱり……誰かに……せめて、ナンダに一緒についてきてもらえば良かった……っ……) 夜の王宮内の雰囲気は、幼い頃から好きではなかった。 それを考えると苦手だ、嫌いだと常々感じていたルリアナと似ているのかもしれないと思い至った。 セレドナは、幼い頃から柔和な雰囲気とは正反対に昔から夜の不気味さ漂う王宮を歩くことだろうと、異国から贈られてきた狂暴な動物と対面することであろうと――とにかく怖い物知らずでへっちゃらだといわんばかりに、泣きながら怯えて手を繋ぎ合って震えていたルベリアとルリアナを意気揚々と連れ回していた。 今は、そんな過ぎ去りし日々が懐かしい__などと思いつつ天蓋ベッドを囲う血のように真っ赤なカーテンを、慎重に開ける。 セレドナは、白い布団に包まれてスヤスヤと子供のように寝息をたてている。 ルリアナは普段よりも眉間に皺を寄せながら、セレドナの脇で椅子に座りつつ、疲弊の色をあらわにしながらも寝息をたてている。 (ルリアナ兄様ってば、セレドナ兄様と共に眠ればいいのに……まったく相変わらず……意地っぱりなんだから……) 不思議と、いつものような嫌悪感は抱かなかった。 それどころか普段から苦手だと思っていたルリアナに対して、むしろ好感さえ抱いき始めていたのだ。 無意識のうちにルベリアは、口元を愉快げに緩めていた。それが、何よりの証拠だった。 とはいえ、気持ちよさそうに寝息をたてている彼らを起こすのは忍びないし、そんなことをしたら寝起きは更に機嫌が悪くなるルリアナをもっと怒らせてしまう。せっかくルリアナに対して好感を抱き始めた時に、そんな野暮なことなどしたくはなかった。 そのため夢の世界へ誘われているセレドナの邪魔をしないように、なるべく足音を立てずに椅子に座ったままのルリアナの元へ近づいていくと、彼の膝の上に置かれた手のひらにソッと王都市場で買ってきた薬花を添えた。 そして、妙な恥ずかしさを取り払うとルリアナの耳元に顔を寄せて、小さくこう呟きかけるのだ。 「お…………お兄……ちゃん……無理しちゃ、ダメだよ……」と____。 *

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