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第27話

* ハッ____と気が付いた時には既にルベリアは異様なくらいの冷気に支配されていたノスティアードの部屋の扉前ではなく、いつの間にか別の場所にいた。 頭がふわふわしている上に、夜中に無意識の内に歩き回っていたなんて、かつて兄達から聞いた童話の中にいる主人公の少女のようだともボンヤリしている頭の中で思った。 別の場所にいたということに気付いた直後は、ここが何処なのか見当するつかなかった。しかし、徐々にだが頭がふわふわしている感覚が和らいできて冷たい雨粒が呆然と立ち尽くす自分の頭に降り注いでくることに気付いたため、少なくとも此処が王宮内ではなく外だということが分かったのだ。 「……っ____!?」 それは、雨の降る中――呆然と立ち尽くすばかりのルベリアの身に唐突に起こってしまう。 自分の意思に反して、勝手に両足が前へと進んで行く。 まるで、何か得たいの知れない存在から操られている人形のようだ。 そして、暫く前方へと進んで行くと自由を失っていたルベリアの両足がピタリとある場所で止まる。 王宮庭園の真ん中にある噴水前____。 以前、キャンベル伯爵から告白めいた言葉を受けて正に今、大粒の雫に打たれて濡れている白い花飾りをくれた時に呼び出された噴水前だった。 最初は、滝のような雨のせいで視界不良となったせいと夜のせいで辺りを照らす灯りが失くなることによる暗さのせいとで、ハッキリとは見えなかった。 しかしながら、徐々に鮮明となっていくルベリアの両目に――人間が噴水の側で横たわっている光景が飛び込んできたのだ。 「キャンベル……伯爵____このような夜に……ここで、何をして……っ___」 と、彼の側に近づくなりルベリアは言葉を飲み込んでしまった。 それは、キャンベル伯爵が単に噴水の側で横たわっているわけではないということを思い知らされたからだ。 最初は、お酒好きなキャンベル伯爵が酔っぱらってしまって噴水前に横たわっていると思った。 けれど、彼の姿にある変化が――ルベリアのその思いを残酷にもハッキリと否定したのだ。 キャンベル伯爵の胸に、ナイフの刃が深く突き刺さってその周囲を赤く染めているのだから。 「ど……っ……どうして……どうして……っ____何で……」 あまりの衝撃から、パニックになったルベリアは体は後退りしつつも目線はキャンベル伯爵の赤く染まる胸元から目線を逸らすことができずに同じような言葉を声を震わせながら呟いた。 すると____、 「……ベ……ア……ル、ル……ベ……ルベリア……ッ____に、逃げ……て……」 すぐ近くから、蚊の啼くような儚ない声がルベリアの耳に届く。 その声を聞いたルベリアは、震える足に鞭打ち慌ててそちらへと必死で歩いて行く。不思議なことに、ついさっきまでとは違って今は自由を取り戻していた。 噴水から少し離れた場所に、今度は青ざめた顔をしているセレドナが倒れているのを見つけ、ルベリアはまたしても驚愕に襲われつつも慌てて彼へと駆け寄った。 「……っ____セレドナ兄様……っ……ここで、いったい……何があったのですか……ど、どうして……キャンベル伯爵が――息絶えているのですか……っ……それに、何故……セレドナ兄様まで……こんなにも弱りきっているのですか……」 パニックになりながらも、とりあえず必死で平静さを取り戻そうと努力を尽くしながら 「ル、ル……ベリ……ア____わ、たし……には……っ……もう……時間……がない……さ、最後……に____せめて……これだけは……こ……れだけは……」 「……っ…………セレドナ――兄様……待ってて……誰か……っ____」 と、言いかけた所でルベリアはあることに気付いた。 暗くても、最愛の兄であり血の繋がった母でもあるセレドナの桃色の瞳が涙のせいで揺らいでいるのが分かった。 そして、自分が今すべきことは血の匂いが漂うこの場から逃げることでも、ましてや他の場所に行き誰かに救いを求めることでもなく――すぐにでも息絶えてしまいそうな儚いセレドナの元へと駆け寄り、彼の最後に伝えたい言葉を聞いてやることだと思い直した。 「____セ……ううん、母様……僕に……何を聞いて欲しいの?」 必死で溢れ出てきそうな涙を堪えながら、ルベリアは力無く横たわるセレドナの体を優しく引き寄せながら彼の耳元で尋ねる。 気を緩めてしまうと、すぐにでも嗚咽を漏らしそうになりセレドナに気を使わせまいと必死で悲しみを堪えながら、今まで――厳密には父とセレドナとの訳ありの関係を知ってから、どうしても言えずにいた呼び方で彼を呼んだ。 「ル……ベ……リア……ッ____あ、愛……して……ます……っ……あなた……は……素直……な、あな……た……で……ありなさ……い……しあ……わせ……に……っ____」 ひゅー、ひゅーと喉を鳴らして苦し気にルベリアへと囁きかけていたセレドナだったが、その言葉は途中で途絶えてしまった。 何故なら、今まではルベリアと息も絶え絶えのセレドナしかいなかったその場に予期せぬ乱入者が現れ、無情にも虫の息だったセレドナの胸元に銀色に光るナイフの鋭い切っ先を容赦なく突き刺したからだ。 「ふん……っ____前々から仕込んでおいた毒でくたばれば良かったものの……さっさとくたばんねえから、こういうことになるんだぜ……か弱い王子様?ああ、もう……話しかけても……意味ねえよなぁ?」 どことなく愉快げな、それでいて低い声で既に息絶えたセレドナに向かって話す男___。 その邪悪さに満ちた不快な声は、ルベリアとも面識のある従者――ソナのものだと少ししてからやっと気付いてしまうのだった。

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