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第28話
「ひぃ……っ____ソナ……どうして……何で……っ……こんな……っ……狂った……ことを……!?」
ソナは人形の如く物言わぬ存在となったセレドナの血にまみれた体を乱暴に地面へと放った。
セレドナの返り血を浴びたせいで、頬が真っ赤に染まったソナを目の当たりにしたルベリアは声を震わせながら無我夢中で早々に逃げようと後退りする。
すると、まるで獲物を狙う獣のようにギラギラと鋭い眼光を帯びたソナの黒い瞳が決して逃さないといわんばかりに後退りしてこの場から逃げようとするルベリアを真っ直ぐに見据えてじり、じりと此方へと迫ってきた。
「あ……っ…………!?」
途中まで順調に後退りしていたルベリアだったが、ふいにドンッ――と何か固いものにぶつかり、慌ててそれが何かを確認した。
それと同時にバランスを崩して、倒れかけてしまう。
それが、ア・スティルの王宮護衛兵らの積み重なった遺体の山だと気付いた直後、あろうことか倒れてしまいそうになっていた己の体をセレドナの命を奪った忌々しいソナが抱き締めていることに気付いたのだ。
その途端、激しい憎悪がルベリアを支配した。
「いいぜ、王子様……オレはな、ずっと……その顔を見たかったんだ。いいこちゃんのあんたの、その本心の顔を見たかったのさ。何で、こんなことをしたかだって……っ……!?それは、あんたを心の底から愛してるからさ……かつて、あんたが幼い頃に愛の告白をしたことがあったろ?オレはな、ずっとあんたを愛してるから……あんたの口には出来ない望みを叶えてやったんだ」
「ち……違う……っ____違う……ソナが……優しいソナが……そんなことするわけない……っ……!!
「違うわけないだろうが!!また、自分にとって都合の悪い現実から目を背け続けるつもりか?あんたは実の父と体の関係があったにも関わらず口やかましかった、おぞましいセレドナも、幼い頃からずっと抱えてきた苦しみも分からないくせに偉ぶるノスティアードも本当は全部、全部……邪魔だと思ってたんだ。だから、何も行動も起こせずにいたあんたの代わりにオレが叶えてやったんだよ……っ……愛しているからこそ、あんたの気持ちは全部分かってたんだ!!」
セレドナが大粒の涙をこぼしながら、子供が嫌々をするような素振りを見せつつ力の限り否定の言葉を叫んだ直後のことだ。
ふいに、ニヤリと笑ったソナがセレドナの返り血にまみれた手で顎を取ると半ば強引に己の唇をルベリアの唇へと押し当てて口づけしてきたのだ。
(嫌だ……っ____嫌だ……嫌だ……っ……こんな最低な奴に……唇を奪われ……好き勝手にされるなんて……許せない……)
そう心の中で思った直後、ふとルベリアの頭に飾ってある今は亡きキャンベル伯爵から贈られた白い花飾りが強烈な青白い光を放ちながらパァンッと勢いよく弾け飛んだ。
邪悪な存在と化したソナさえも予想外の出来事だったせいか、顔を歪ませ苦悶の悲鳴をあげながら弾け飛んだ瞬時に灼熱のせいで真っ赤に燃える花飾りに触れたせいでできた火傷の傷のダメージを受けたため地面に倒れ込んだ。
その拍子に、ルベリアに対しては危害はなかったものの側に身を寄せていたソナには何かしらのダメージを与えたのか、今まで余裕綽々だったが僅かにたじろいで苦悶の表情を浮かべた。
その隙を、ルベリアは見逃さない____。
頭で考えるよりも先に、本能でソナを突飛ばすと体を翻して脱兎の如く、この鉄臭い匂いに支配かれた恐るべき場所から逃げようと駆け出した。
噴水広場から王宮へと逃げて、身を隠すためだ。
王宮には、いつ何時――危険に犯されてもおかしくはなかったため、身を隠すのに最適な地下室がある。たとえ一時的だとしても、そこに身を隠そうとルベリアは考えたのだ。
「おい、てめえら……っ____その無力で儚い王子様を……捕まえろ……っ……決して傷付けたり、命を奪うんじゃねえぞ……っ___」
少し離れた場所から、不快さを滲ませたソナの怒号が聞こえてくる。そして、それは決して自分に対して向けられたものではないと分かっていたためルベリアは恐怖に震える足を必死で引きずりながら、とにかく王宮の門へと向かって前進していく。
「やだ……っ……嫌だ…………離して……っ___離せよ……いっそ、ここで……っ____」
背後から、急に今まではいなかった筈の正体不明の男たちから取り押さえられ、ルベリアはまたしても身動きが取れなくなってしまう。いっそのこと、こんな目に合うのであればここで自分の命を奪ってくれ――と懇願しそうになったものの、その瞬間に最愛の母であり血を分けた兄であったセレドナの最後の言葉と儚い泣き顔が脳裏によぎり、その愚かな懇願をぐっと堪えて飲み込んだ。
(こんな最低な奴らの良い様になんか――させるもんか……っ……もう二度と会えないセレドナだって、僕を愛してると言って下さったキャンベル伯爵だって……それを望んでる訳じゃない……)
そして、その想いをぶつけるかのように、再び捕らわれの身となった自分の元へと歩み寄ってきたソナを鋭く睨み付ける。
そして、そんな細やかな抵抗を愉快だといわんばかりに口元を醜く引き上げて笑みを浮かべたソナはそのままルベリアの体を未だに降り止む気配のない雨に濡れたせいで冷たくなった地面へと乱暴に押し倒すのだった。
その途端に、下卑た笑みを浮かべつつ複数の男たちが意思に反して仰向けとなったルベリアの元へと集まってくる。
その男たちに、ルベリアは見覚えがあった。
その正体は、かつて平和だったよく晴れた日にノスティアードとキルーガと共に出かけた《王都市場》で遭遇した【三人のウ・リガ人】なのだったから____。
今までのように何も失うことのなく、守るべきものすらない泣いて逃げてばかりだった頃のルベリアであれば、そのまま卑怯な四人の男らの為すがままにされていたのかもしれない。
しかしながら、自分を愛してると言ってくれて理不尽にこの世を去ったキャンベル伯爵や最愛のセレドナを失くしたルベリアの心を支配するのは、豪々と燃え盛る《凄まじい怒り》の炎だ。
(絶対に……こいつらの言いなりになんかならない……っ___僕は……こんな最低な奴らなんかに……負けない……っ……)
「やっぱり……お前はソナなんかじゃない……っ__本当のソナなら、こんな奴達とつるんでなんかいない……いや、つるむ機会さえなかった筈だよ。あの日、王都市場にはソナは行けない筈だった。父様は何よりもウ・リガ人を恐れてた……好き勝手に王都市場に出かけた僕らならともかく……父様の配下にあるソナは外には絶対に出られなかった――出せてもらえなかった筈だ」
あの日、ノスティアードは父と母から王都市場から出てもいいと許可をもらったと言っていたけれど、それはおそらく優しい彼がついた最初で最後の嘘だ。
憂鬱な気分に支配され、ふさぎこんでた弱い僕を勇気付けるための《優しい嘘》だ。
ずっと昔からノスティアードと過ごしてきたというのに、そんな些細な嘘にすらルベリアは気付けなかったのだ。
彼の優しさを、無条件に――当たり前のように受け入れていたから。それは、キャンベル伯爵にだって言える。
本当は心の底から一心に愛してくれていたにも関わらず、自分と対面した時につい素直になれなかった彼の演技にもルベリアは気付けていなかった。
彼らの《自分に対しての愛》が、それを与えてくれるのは当然なことだと勘違いも甚だしい思い込みをしていたから、情けないことに気付いてさえいなかったのだ。
(キャンベル伯爵だけじゃなく……ノスティアード様の命まで……奪われるわけにはいかない……っ____絶対に彼を守りきらなきゃ……っ……)
ギュッと固く唇を結び、悔しさと怒りから噛みしめながら目の前にいるソナに似た【ナニか】へと向かって鋭く睨み付ける。
「こ、この……嘘つき……っ____ソナの振りをしてセレドナやキャンベル伯爵の命を奪った……お前は、いったい誰なんだ……っ____!?」
「あ~あ……まさか、無力で両親の庇護がなけりゃ、なぁーんにもできなかった弱い弱い王子様に気付かれちまうとはねぇ……。ったく、認めたくはねえが失態だよなぁ~。てめえらのせいで、オレが責任をとらされちまう……それは癪だから、てめえらが責任を取るべき……だよなぁ____」
大袈裟な調子で、肩をすくめながら――どこともなしに言ったその【ナニか】は、懐から細長いキリのような形をした武器を取り出すと、そのまま何の躊躇もなしにルベリアの体を押さえ付けていた《三人のウ・リガ人の男》の喉に正確に狙いを定めてその刃に赤紫と緑の入り混じっている鳥の羽根飾りがついた武器を勢いよく投げるのだった。
ドサッ____。
力なく、三人の男たちが倒れると今度は此方に向かって歩いてきた【ナニか】は再び己の唇を半ば強引に押し当ててくると、ルベリアに何か液体を飲ませニヤリと笑う。
意識を失ったルベリアは、現実から見たくもない悪夢の世界へと強引に誘われてしまうのだった。
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